キックボクシングの“世紀の一戦”と呼ばれ、大きな注目を集めた「那須川天心vs武尊」(6月19日)。これをメインイベントとして開催した『THE MATCH 2022』をペイ・パー・ビュー(PPV=コンテンツごとの課金視聴)で独占生中継したのが、ABEMAだ。
地上波中継を予定していたフジテレビが急きょ放送中止を決めたことで物議を醸した一方、PPVの券売は過去最高の50万超えを記録。ABEMAの1日の来訪者数も歴代最高を更新するなど記録ずくめだったが、その裏では高画質で安定した配信を実現するために様々な苦労があったという。
今回の成功を受けての発見や課題、今後の展望、さらには格闘技というコンテンツの将来性などについて、ABEMAスポーツエンタメ局で格闘チャンネルを担当する北野雄司エグゼクティブ・プロデューサーに話を聞いた――。
■“伝説の一部”これまで非公開だったPPV実績を発表
これまで、天心が出場していた『RISE』や、武尊が出場していた新生『K-1』を無料生中継してきたABEMA。そんな2人が直接対決を望むコメントも事あるごとに中継内で伝えてきたことから、その試合が実現するのであれば「ぜひ中継したいと思っていて、悲願でした」といい、そうした流れで、今回の『THE MATCH 2022』を中継することになった。
PPVという方式になったのは、当初からABEMAでは全試合を生中継することが決まっており、予定されていたフジの地上波中継(※「那須川天心vs武尊」のみ)とすみ分けることが第一の理由ではない。「お金を払って見てもらうからには、質の高いコンテンツでなければいけないわけですよね。そういった中で、これ以上の価値のある対戦は、あの瞬間に日本にないのだから、PPVがふさわしいと考えました」と明かす。
こうして迎えた“世紀の一戦”を含めた『THE MATCH 2022』PPVの券売は、50万超えという驚異的な記録に。「これまで券売数は発表してこなかったのですが、あまりに記録的だったし、興行的にもすごい数字だったということで、“伝説の一部”ということで公表してもいいのではという判断で出しました」という。
PPVのチケットが最も売れたのは、これまでの知見の通り試合当日。フジが放送中止を発表してから急伸することはなかったそうで、「確かにそのニュースが出た翌日や翌々日は、他の日よりもちょっとは売れたのですが、急に増えたというわけでもないんです。ムーブメントの高まりというのは、必ずしもそういうことではないんだなと感じました」と話す。
最近は、ボクシングの井上尚弥戦や村田諒太戦がAmazonプライム・ビデオで、サッカー日本代表のワールドカップアジア地区最終予選がDAZNで独占中継されるなど、注目度の高いスポーツが地上波で放送されず、有料配信される事例が増えてきたことも、今回のPPVの追い風になったのだろうか。
「確かに、インターネットでお金を使うことに慣れている人たちが増えていると思います。それは映像コンテンツに限らず、漫画や本、ショッピングなどの配送サービスも普及して、スマートフォンでお金を払うという行為に慣れている方が圧倒的に増えているという流れがあると思います」
■記録的券売数より今後に残る収穫
今回の実績には主催者側も高評価で、「この券売数は、格闘技PPVの本場であるアメリカに出しても恥ずかしくない数字だし、格闘技というコンテンツが持っている熱、それにお金を出しても良いと思ってもらえるものなんだということを証明できたとおっしゃっていただきました」とのことだが、それに加えて信頼を得た要素が、安定した配信だ。
ABEMAにおける格闘技のPPV実績は、新日本プロレスとプロレスリング・ノアの対抗戦『WRESTLE KINGDOM 16 in 横浜アリーナ』、ONE Championshipの10周年記念大会『ONE X』の青木真也vs秋山成勲といった試合中継のほか、朝倉未来の1分間大会『BREAKING DOWN』、『朝倉未来にストリートファイトで勝ったら1000万円』などの企画系もそろえ、1カ月に1回程度のペースで配信。注目度の高いコンテンツとして、テレビデバイスで見ても遜色ない画質、それを安定して届ける技術的なノウハウを蓄積してきた。
それでも、今回の“世紀の一戦”で「アクセスが殺到したら(サーバーが)落ちるんじゃないかという声は、インターネット上にすごくたくさんありました」という中で、「アクセスのピークは、天心vs武尊戦のゴングが鳴るあたりのタイミングで、そこに向けてジワジワと上がっていったのですが、結果として無事にトラブルなくできたということは、ある種の驚きを持って高く評価していただきました」と胸を張る。
これは、今後の自信にもつながったという。
「券売の数字はいつか塗り替えられるものだと思うのですが、高画質な配信に加え、ものすごいアクセスがあっても落ちないというのは、映像配信するインフラとして1つ大きな結果が出せたのではないかと思います。これはPPVの券売数よりも、今後に残っていくものだと個人的には思っています」
フジテレビが中継の放送中止を発表したのは、5月31日。ここから6月19日の本番を迎えるまで、3週間という期間でどのような戦略をとったのか。
「まずプロモーションの仕方を変えました。僕たちがこれまで生中継を通じてずっと盛り上げてきた選手たちが出場するので、オープニングファイトから彼らの試合が見られるということ、全試合を視聴いただけることを打ち出していたのですが、メインカードの試合も独占生中継できることになったので、“那須川天心vs武尊”の試合が見られるという部分をもっと前に出して、宣伝プロモーション活動もアクセルを踏みました」
並行して、安定配信のための対策を増強。「インターネットでいわゆる“落ちる”という現象の要因は1カ所ではないので、様々な想定をしました。中継中に回線で何かあったときのための予備のバックアップなども考え、いろんなリスクをかなり幅広く捉えて準備しましたし、まあ驚きの業務量でした(笑)」と、怒涛の日々を振り返る。