注目を集めるテレビ番組のディレクター、プロデューサー、放送作家、脚本家たちを、プロフェッショナルとしての尊敬の念を込めて"テレビ屋"と呼び、作り手の素顔を通して、番組の面白さを探っていく連載インタビュー「テレビ屋の声」。

今回の"テレビ屋"は、TBS系バラエティ番組『プレバト!!』(毎週木曜19:00~)、『林先生が驚く初耳学!』(毎週日曜22:00~)で総合演出を務める、毎日放送(MBS)の水野雅之氏。両番組好調の背景には、恩師でもある林修先生から影響を受けた「他の制作者に負けない分野で勝負する」という精神があった――。

大阪のテレビマンは"160キロ"で勝負

水野雅之
1977年生まれ、愛知県出身。慶應義塾大学卒業後、00年に毎日放送入社。営業局で6年勤務した後、制作に異動し、大阪本社で『ちちんぷいぷい』を担当。2年後に東京支社の制作に異動し、『チェック!ザ・No.1』『地球感動配達人 走れ!ポストマン』をへて、『イチハチ』で初の総合演出となり、浜田雅功と初仕事。現在は『プレバト!!』『林先生が驚く初耳学!』総合演出(『初耳学』はプロデューサー兼務)。2017年10月スタート『教えてもらう前と後』も企画し、TBS系列ゴールデン・プライム帯における毎日放送制作の全番組を手がける。

――当連載に前回登場し、今は制作から離れてテレビ以外の新しいコンテンツを開発している読売テレビの西田二郎さんから「最近いろいろな意味で充実の頂点で大変だと思うので、はよ制作現場辞めたら? こっちもおもろいで!」とメッセージをいただきました(笑)

二郎さんは制作以外の部署でも面白いことをやり続けてるから、やっぱりスケールが大きいですよね。僕がまだ演出になりたての頃なんですが、全国ネットの演出を手掛けてきた"大阪のテレビ局の先輩"である二郎さんに悩みを相談したことがあるんです。大阪から東京に出てきて全国ネットで勝負する場合、在阪局のテレビマンはピカピカの演出ができるように"地肩"を作り直さなきゃいけないんですよ。僕の感覚で言うと、160キロの豪速球が投げられるように筋力アップをする感じ。で、一生懸命がんばって、やっと160キロの球を投げられるようになったのに、どうも上手くいかないって二郎さんに打ち明けたら、時々緩いチェンジアップを投げて、わざと打たれた方がいいって言ってたんです。

――チェンジアップ、ですか?

つまり、収録でイマイチだったところを、わざわざ編集で跳ね上げなくてもいいと。ちょっと笑いが冷めた部分があるからこそ、本当に面白かったところが際立つわけで、全てをテロップや音効などで底上げすることはないんだよ、ということです。

――実際にその緩急の技術は、実践できていますか?

僕も前よりは技巧派になったような気もします。ただ二郎さんは、とある番組で本当に面白い部分を視聴者に気づかせるために、わざわざつまらないコーナーを作ってまで際立たせたこともあるそうなので、やっぱりスケールが違いますよね(笑)

――実は、以前この連載に登場したTBSの合田隆信さん坂田栄治さんからも、注目の"テレビ屋"として水野さんの名前が挙がっていました。

それはとてもうれしいです。合田さんには定期的に食事に誘っていただいていて、貴重な体験談を聞かせてもらったり、アドバイスをいただいたりしています。印象的なのは、ゴールデン2番組を担当していた時に、1週間の担当番組の平均視聴率が15%もあったのに、全然褒められなかったっていう話。片方が25%だったのに、もう一方が5%で平均15%だったそうです(笑)。今じゃ作れない伝説ですよね。『マツコの知らない世界』を手がける坂田さんは、前番組からの流れや裏環境がどんなに過酷でも、安定して2ケタに乗せているのがすごいです。実は、僕と林先生の2人で坂田さんを夕食にご招待して、『初耳学』を客観的に分析してもらったこともあるんですよ(笑)

俳句は「大きな賭け」だった

――水野さんも、今ご担当されている番組が好調ですよね。まずは『プレバト!!』から伺っていきたいのですが、番組が誕生した経緯を教えてください。

もともとは浜田さんと木曜19時で新番組をやるっていうことが先に決まっていました。ただ、19時台の主な視聴者層は主婦なので、浜田さんの熱心なファンの多くが見ている時間帯より浅いんですよね。その上、『VS嵐』や当時は『いきなり!黄金伝説。』といった華やかな番組が裏で定着していたから、正攻法では追い抜けない。ヘタに定番の旅やグルメ系に手を出して主婦層にすり寄ったように見られると、もう相手にしてもらえませんし。どうやって戦おうかと会議を重ねるうちに出てきたのが、今までにない組み合わせの「浜田さん×知的バラエティ」だったんです。

――代表格の査定企画は「俳句」だと思いますが、これはどのように生まれたんですか?

番組が、才能のアリ・ナシのランキングショーなので、僕が才能ないと言われて悔しくなる一言をまず考えました。例えば「芸術センスがないね」と言われたくないな…っていうところから行き着いたのが生け花査定なんですけど、俳句に関しては「何を言ってるのか意味が分かんない」って言われたら嫌だな…というのが発端です。俳句だけでなく、短歌やキャッチコピーなど、いろんなジャンルの先生をリサーチする中で、ディレクターが見つけてきたのが夏井(いつき)先生の動画でした。一般人の俳句を講評していたんですけど、その時からダメ出しが容赦無くて、即決でした(笑)

――ゴールデン帯に「俳句」というのは、かなり思い切った勝負ですよね。

大きな賭けでした。夏井先生も、どうせ大コケして1回で終わると思ってたそうですから。俳句ランキングの初回の視聴率は微妙なラインで8%くらいでした。でも、夏井先生のインパクトは強烈だし、見てくれた人たちは長時間とどまってくれたというデータもあったので、とにかく認知されるまで我慢しようと腹を決めました。

――それでも今や視聴率は、上半期平均で同時間帯トップ、TBS系のバラエティで最も高い視聴率を記録し、関西では昨年、サッカーW杯アジア最終予選に勝つなど、快進撃を続けています。ヒットの理由を、どう分析されていますか?

先生たちの査定が本気だからだと思っています。夏井先生以外にも、假屋崎(省吾)さんや土井(善晴)さんら講師の皆さんは、各ジャンルを背負う第一人者。大御所タレントに手加減するなどのテレビ的な気づかいが全くないんですよね。あと、先生の手本や手直しを楽しんでもらえていること。『プレバト!!』の編集は、ランキングショー(楽しさ)と、カルチャースクール(教養)のバランスを取ることが一番のキモなんですけど、当初は先生の手直しは、少なめだったんです。でも放送を重ねるにつれて、劇的な手直しが番組のカラーになってきて、"知のビフォーアフター"というキーワードが見つかりました。

――"知のビフォーアフター"は、10月から始まった『教えてもらう前と後』(毎週火曜20:00~)のキャッチフレーズにもなっていますよね。

あれは『プレバト!!』で見つけたこのキーワードで全然違った番組を作ろうと思って企画しました。池上彰さんと番組のタイトルが上手くハマって良かったです。

――『プレバト!!』は芸能人も本気で挑んでるのが伝わってきます。

先生が本気だから、万が一ふざけた作品で収録に臨むと芸能人が大ケガしちゃう番組なんです。僕らが目指してきたのは"最下位を笑う番組"ではなく、"1位を称賛する番組"。最下位がオイシくなると、真剣勝負の雰囲気が薄れて視聴者がシラけちゃうんです。でも、ガチだから怖い時もありますよ。僕は収録前に順位を知っているので、最下位が大御所タレントの場合は、ランキングが進むにつれて、この後どうなるんだろ…怒って帰っちゃうのでは…って(笑)

――大御所といえば梅沢富美男さんも出ていらっしゃいますが、梅沢さんのバラエティでの活躍は目覚ましいですよね。

梅沢さんは収録中に「この番組が当たったのは俺と浜ちゃんのおかげだ、スタッフは分かってるのか?」ってよくキレてます(笑)。でも、裏では「街での『プレバト!!』の反響はすごいよ。本当に良かったね」と言ってくださいます。今、あれだけいろんな番組にご出演されているのに、『プレバト!!』を大切な番組だと思ってくれるのは、すごくうれしいです。

『プレバト!!』(MBS・TBS系、毎週木曜19:00~)
お笑いコンビ・ダウンタウンの浜田雅功がコミッショナーを務め、「俳句」や「いけばな」などさまざまな分野の才能を専門家が査定し、ランキングを発表していくバラエティ番組。(C)MBS

出演者をイジるのは失礼

――番組ならではのスターも次々と誕生していますね。

藤本(敏史)さんや東国原(英夫)さん、Kis-My-Ft2らは番組に欠かせないスターなんですけど、このようなスターの誕生は当初からの計算ではないんです。というのも本来、才能のアリ・ナシの結果は1回査定しても100回査定しても同じはずなので、タレントの出演は原則として1回だけのつもりでした。でも、才能を開花させる人がどんどん増えてきた中で、彼らが何度も出演できる仕組みをどうにか作りたいと思ったんです。それで導入したのが「特待生制度」です。

――演出面で心がけている点は何でしょうか?

過度なテロップやナレーションで僕ら裏方が出しゃばるような演出をしないことですね。浜田さんがいて、あれだけの芸能人が本気で競うんだから、出演者が一番やりやすい舞台を用意すれば、絶対に面白くなります。他の多くの番組を見ていると、ナレーションとかで出演者を上手にイジるのがトレンドですよね。それを意図的にやめてます。

――でも、この番組は、やろうと思えばナレーションで演者さんをイジりやすいですよね。

番組全体が出演者をプレッシャーで追い込む構造になっているので、一生懸命向き合ってくださった作品をさらにナレーションでイジるのは失礼だと考えています。

――あらためて、浜田さんのすごさというのはどんなところでしょうか?

いっぱいあるんですけど、MCでありながら、番組全体のプロデューサーとしての目線もお持ちだと思います。浜田さんに企画を提案する時は、まず、僕らの中で何度も会議を重ねてブラッシュアップしたものをプレゼンするんですけど、それでも一度目を通しただけで、僕らが気づかなかった問題点を的確に指摘されます。あと、会議で煮詰めた企画って、何度も議論を重ねる中で、複雑な構造になってしまうことがあるんですけど、浜田さんは「ここは、これでええんちゃうん?」と、違う角度から視聴者が見やすいシンプルな企画に仕上げてくださるんです。

――いい緊張感なんですね。

あとは、収録でのライブ感ですよね。浜田さんって、よく収録時間が短いって言うじゃないですか。『プレバト!!』も同様で、俳句ブロックなんか、収録時間がオンエアよりも短いこともあります。でも、それは早く終わることが目的なのではなくて、出演者が間延びすることなく、一番楽しくパフォーマンスできるということを考えていらっしゃるんです。今の編集技術なら、あとで色んな加工ができるんですけど、やっぱりライブのような出演者の感情が一番伝わるんです。