「予防歯科の真髄は歯周病予防である」と語り、日本の現状の予防歯科に対し警鐘を鳴らしている、大岡歯科医院代表の大岡洋医師。そうした、予防を重要視した診療ポリシーを持つきっかけとなったのは、自身のアメリカ、ハーバード大学への留学だったと話します。

アメリカ人と日本人で、予防歯科に対する認識がどのように違うのか、話をうかがいました。

  • 「予防歯科に対する認識」の違いは?(写真:マイナビニュース)

    「予防歯科に対する認識」の違いは?

自分の身を守るために知識を蓄えるアメリカ人

大岡氏が、日本人の予防歯科に対する意識の低さや、そうした現実に導いてしまっている日本の歯科のあり方に疑問を持つようになったのは、アメリカ留学がきっかけなのだそうです。ハーバード大学で公衆衛生学について学び、国際的な視点から歯科を見つめ直したことで、この日本の実情に気が付いたと話します。

大岡氏「アメリカ人は、どの歯をどこの歯科医院でどのように治療したかを全て把握しています。歯科の知識が、歯学部の学生並みの人もいます。それはなぜか。アメリカには日本のような公的医療保険制度がなく、しかも訴訟社会だからです。

アメリカでは、原則、医療費は全額自己負担。治療費は日本の5~10倍、もしくはそれ以上かかります。それほど高額な費用を払って治療しているからこそ、アメリカ人は、治療した歯に不具合が生じると、当然のごとくその治療を行った医者を相手に訴訟を起こし、払った費用を取り返そうとします。

アメリカ人は、自分の身を守るために自ら歯科について勉強することが多いのです。

勉強の結果、歯科の病気の予防にもつながっています。歯に対する知識、治療に関する知識が増えてくると、自然に予防の仕方が見えてきます。アメリカ人は、高い治療費を払うことによって、人々の意識が『治療』ではなく『予防』にシフトできているのです」。

  • 大岡歯科医院代表 大岡洋氏

    大岡歯科医院代表 大岡洋氏

一方で日本人は、国民皆保険制度に守られているがために、人々の意識が「治療」で止まってしまっていると大岡氏。

大岡氏「たとえ虫歯や歯周病になっても、安く気軽に治療が受けられるという安心感があるから、予防に対する意識が低いのです。日本人の『予防歯科への関心の薄さ』は、この保険制度が1つの要因になっているのではないかと思われます」。

予防歯科の根幹はホームケア

そんな日本でも、最近では少しずつ、「予防歯科」という言葉を目や耳にするようになりました。歯科医院ですすめられ、定期的にクリーニングに通うようになったという人もいるでしょう。ただ、そこにも落とし穴があると大岡氏は言います。

大岡氏「数カ月おきに定期的に歯科医院に通っているから、自分は予防ができていると思っている人が結構多いのですが、それは大きな勘違いです。確かに、一般的には3カ月に1度程度の通院は1つの目安です。私の医院でも推奨しています。でも、90日のうちの1日だけ歯科医院で完璧にクリーニングしたとしても、あとの89日は? ということ。 3カ月という小さな数字に惑わされてはいけません。

虫歯や歯周病は生活習慣病です。健康を維持できるか、もしくは虫歯や歯周病を発症し、再発を繰り返して結果的に歯を失うか、その分岐点は日々の手入れの積み重ねにあります。

主役は患者さん自身。歯科医師や衛生士はそれをサポートするコーチのような存在。歯科医院でのクリーニングは補助的なものであって、予防の根幹にあるのは日々の適切なホームケア、ブラッシングです。なぜなら、そちらの方が絶対的に回数が多いのですから。主軸となるホームケアと、それを補助する歯科医院でのクリーニング、その2つの車輪が回って初めて、お口の健康は保たれるのです」。

自分の歯は自分で守るしかない

大岡氏は、ホームケアを怠りがちな患者さんに、よく、こう話すそうです。

大岡氏「それほど家でのブラッシングが面倒なら、いっそのこと、将来的に残したい歯だけブラッシングをすればいいじゃないですか、と言うんです。すると、『前歯は見た目に影響があるから残したい……』と。

じゃあ、奥歯は手入れがしにくいからあきらめて、抜いてしまえばいいじゃないですか。歯があるから虫歯や歯周病になってしまうのだから、と言うと、『でも、奥歯がないとおいしいものが食べられない……』と。

だったら、しっかりブラッシングするしかないですよね。少し冷たい言い方かも知れないですが、私は、あえてこのようにお話しすることで、患者さんの意識を上げようと試みているんです」。

自分の歯を残し、かつ健康でいたいなら、それなりのメンテナンスをしなければならない。それは、精密機械などとまったく同じことです。

大岡氏「例えば自動車は、メンテナンスしないで故障したら自己責任が問われますよね。点検を欠かさなければそんなことは起こらなかったのに……となる。

自分の体はなおさらだと思うんです。自分の健康は誰もキープしてくれません。いつまでも健康で、おいしいものをおいしく食べたいんだったら、それなりに努力しなければならない。歯も自分の体の一部なんだという認識をもっと持ってほしいのです」。

取材協力: 大岡洋(おおおか・ひろし)

大岡歯科医院代表
1997年、東京歯科大学卒業。2002年、ハーバード大学歯学部・公衆衛生学部大学院(予防歯科学専攻)修了。日本人歯科医師として初めて予防歯科で理学修士(Master of Science)を取得。帰国後、2003年に大岡歯科医院(東京都・目黒診療所)の3代目として代表に就任。同年より東京歯科大学非常勤講師(歯科補綴学)として後進の指導にも従事。国際歯科学士会(ICD)理事。著書『「歯みがき」するから歯は抜ける』(現代書林)。