本連載の第62回では「個人の差別化には「掛け合わせ」が有効」と題し、たった一つの強みだけでの差別化は難しくても、複数の強みを掛け合わせることができれば強力な差別化になる可能性があることをお伝えしました。今回は状況や職場によって強みが活きて差別化できるという話をします。

「ご自身の強みは何ですか?」とか「他の人と差別化できる要素は何ですか?」と問われると、回答に窮する人は少なくないのではないでしょうか。中には「私には強みなんてありません。ただ日々の業務を淡々とこなしているだけですから。」と答える方もいるでしょう。

しかしながら、私は「何も強みがない」という話に対しては懐疑的です。「強み」というと、リーダーシップを発揮できたり、論理的思考力が高かったり、プレゼンテーションが上手だったり、といった目立つ要素を上げる方が多いかと思います。

その一方、謙虚さや慎重さ、感性の豊さや、聞き上手などは目立たないかもしれませんが立派な強みとして仕事で活かせるのではないでしょうか。そして「自分には強みがない」と思い込んでいる人には、このような資質を持っている人が多いのではないかと推察します。

確かに物事をドラスティックに変革しようとするときには目立つ要素の役割は大きいように思えますが、関与する人たち全員が同じような資質を持っていたらどうでしょうか。「船頭多くして船山に上る」ということわざのようにかえって混乱が生じるのではないでしょうか。または、意図せずして「変革を一方的に押し付けている」と現場から捉えられて反発が強くなることも起こり得ます。こういうときには謙虚さや慎重さ、聞き上手といった目立たない強みこそが威力を発揮するかもしれません。

つまり、「自分には強みがない」と思っている人でも状況によってはその資質が強みを発揮することがあり、それは差別化に繋がるということなのです。

さらに自分の職場では至って平凡だと思っていたスキルが、職場を変えることによってとても重宝されて強力な差別化要因になるケースもあります。実際、筆者の前職では大量のデータの集計や分析をする業務が多く、上司や先輩からエクセルスキルを「これでもか」と叩きこまれました。おかげでショートカットキーを用いた操作やグラフ、オートフィルターといった基礎的なスキルや機能は言うまでもなくピボットテーブルや関数、マクロも使いこなせるようになりました。

しかし、その当時に自分がエクセルスキルで差別化できていたかというと決してそんなことはありませんでした。なぜなら周囲の人たちも同様のレベルでエクセルを使いこなせていたからです。その職場では「エクセルを使いこなせること」は差別化要因どころか「使いこなせて当たり前の最低限のスキル」だったのです。

ではどの職場に行っても「エクセルを使いこなせること」が当たり前かというと、決してそんなことはないでしょう。むしろ関数のごく一部は知っているけれどもピボットテーブルや、ましてマクロなど使ったことがないという人が大多数を占める職場の方が多いのではないでしょうか。

もし、そのような職場にエクセルを使いこなせる人が転職したら、それまで「最低限のスキル」でしかなかったエクセルスキルは強力な差別化要因になる可能性を秘めているのではないでしょうか。

ここでは例としてエクセルスキルを挙げましたが、このことはもちろん他のスキルや知識、経験にも当てはまります。ご自身の職場では「当たり前」とされているものが他の部署や会社、業界では「誰も知らない、経験がない、或いはできない」といったことがあるはずです。そのような場所に移ることができたら、それまで自分では「当たり前」と思っていたことが強力な差別化に繋がるかもしれません。

差別化とは絶対にブレない固定的なものではなく、状況や場所によって変わるものです。それは、必ずしも自分自身のスキルを伸ばさなくても差別化できる可能性はあるということを意味しています。同じ職場の中にいても「自分の強みはどのような状況で発揮できるだろうか」と考えてみたり、「自分の強みを最も発揮できる場所はどういうところだろうか」と探ってみると自分自身の新たな差別化の可能性に気が付くかもしれません。