本連載の第178回では「DAO(分散型自律組織)に学ぶテキストコミュニケーションで気を付けるべき3つのこと」という話をお伝えしました。今回も引き続きDAOに関連したインセンティブの設計についてお話します。

DAOとは、ブロックチェーンをベースとしたweb3界隈で流行っている「分散型自律組織」という全く新しい組織形態です。英語の"Decentralized Autonomous Organization"の頭文字を繋いでDAO(ダオ)と呼ばれています。

DAOで働いている人たちの多くは、DAOから定期的に給与をもらっているわけではありません。そのほとんどは、「web3的な世界を創りたい」とか「もっと便利な世の中にしたい」、「クリエイターが適切な報酬を得られるような仕組みを構築したい」となどとのビジョンを達成したいという夢を持っていたり、「新しい技術に触れてみたい」とか「仲間を作りたい」といった成長やコミュニティーへの帰属を欲していたりします。

そもそもDAOと、そこに集まる人々は労働契約を結んでいるわけではないので目先のお金欲しさでDAOに集まる理由はありません。しかし、DAOの中には活動に貢献してくれた人、いわゆる「コントリビューター」にインセンティブを与えるところもあります。

給与も賞与もないのに、どうやってインセンティブを与えるのか疑問に思われた方もいるでしょう。その疑問に回答します。キーワードは「レトロアクティブ(retroactive: 遡及する)」です。

株式会社の給与や賞与は「この時間働いてくれたら、これだけのお金を支払います」とか「これだけの成果を上げたら、これだけのお金を支払います」という明確な約束が先にあって、それが従業員にとってのインセンティブになっています。

その一方、レトロアクティブなインセンティブとは「これだけ貢献してくれたから、これをあげます」と、後から振り返ってコントリビューターへのお礼として渡すものです。それによってコントリビューターはさらにモチベーションを上げて頑張ってくれるという好循環が生まれます。

しかし、ただ「後から報酬をあげればいい」というだけではありません。以下では2つの注意点を説明します。

1. 事前に期待を持たせない

ついつい、「活動に貢献してくれた人には何かいいことがあるかも!?」と先に言いたくなってしまうかもしれませんが、それでは賞与と大して変わらなくなってしまいます。また、もし活動の成果が芳しくなく事前に期待させておきながら、あげられるものが何もなかった際には却ってモチベーションが下がってしまいます。

あくまでも相手が頑張ってくれたことに対して感謝の気持ちを伝えたいという想いを籠めたものであり、そこには相手にとって予期せぬことであるという状況作りが必要です。このことは前もって予定を伝えられていた誕生パーティーより、事前に知らされていなかったサプライズ誕生パーティーをしてもらう方が喜ぶ人が多いということと似ているかもしれません。

さらには、事前に予定を伝えられていた誕生日パーティーが何らかの事情でキャンセルになってしまったらがっかりしますが、知らされていなかったパーティーであれば、そもそも知らないので落ち込みようもないということですね。

あくまでも、事前に相手の期待値を上げないようにしつつ、成果が挙がったらコントリビューターにお礼として報酬を与えるようにしましょう。

2. 頻繁に行わない

事前の期待とも関連しますが、報酬の付与は過度に頻繁に行わないようにしましょう。というのも、あまり頻繁に報酬を付与してしまうとサプライズ感が失われてしまうからです。それに加えて、元々は報酬のためにやっていたわけではなく、あくまでも内発的動機によって動いていたはずなのに頻繁に報酬を得ることによって外発的動機に切り替わってしまうと「やらされ感」を覚えるようになり、却ってモチベーションが下がってしまいかねません。

また、頻度に加えて気を付けるべきことがあります。それは「報酬の付与を不定期にする」ということです。仮に毎月や隔月など、定期的にコントリビューターに報酬を付与してしまうと、相手に「毎月もらえるもの」と期待を持たせることになってしまいます。これでは一般的な給与と同等と認識されて、やはり内発的動機を減衰させてしまいます。インセンティブはあくまでも頻度を抑えつつ不定期に行うようにしましょう。

レトロアクティブなインセンティブというのはあまり馴染みがないかもしれません。しかし、社員やメンバーが元来持っている内発的動機を大事にしつつ、あくまでも「貢献してくれたことへのお礼」として付与することで、その後のモチベーション向上に繋がるはずです。ご自身の組織運営の参考になれば幸いです。