本連載の第130回では「論点を使って今の仕事を半分の時間でこなす方法」と題し、ものごとの論点を問い直すことで不要な仕事をなくし、その分を本来やるべき仕事に振り向けることで仕事のスピードを上げましょう、という話をお伝えしました。今回も引き続き論点に着目し、論点を使えば人からの相談事を前向きな変化に変えることもできるというお話をします。

「私に対する上司の評価が低すぎます。同僚のAさんは、周りが残業していても構わずに定時で帰ってしまうのに、噂では最高評価をもらって昇進の話も出ているらしいんです。私は毎日遅くまで残って努力しているのに、納得がいきません。そのことを上司に分かってもらうためにはどうしたらよいのでしょうか」

全く同じではなくても、組織で働く人であればこれと似たような話を聞いたことがある人もいるのではないでしょうか。この話を問題解決の観点から眺めると次のように説明できます。

まず、この人は「残業している私の評価が残業していないAさんより低い」という状況を問題として捉えています。そして、その問題を解決、即ち「上司に、自分の評価をAさんと同等以上に上げてもらう」または「上司に、Aさんの評価を自分と同等以下に下げてもらう」ための方策を相談しているということです。

しかし、この手の相談が良い結果をもたらすことはあまり期待が持てません。そもそも評価指標に残業時間が入っており、残業時間が長い方が高い評価を得られるという仕組みになっていたら別ですが、今の時代にそのような評価をする企業は珍しいでしょう。なぜなら会社にとってみれば、残業せずに成果を上げてくれる方が残業代という余分なコストを払わずに済むからです。

それにも関わらず「私の方が多く残業しているのにAさんより評価が低いのは納得がいきません」と上司に話したところで、自分の生産性の低さを露呈しているだけだと捉えられても致し方ありません。

また、今回の評価結果自体に疑問を投げかけるよりは「どうしたら上司の期待を超える高い成果を上げられるか」を相談した方がよほど生産的でしょう。つまり、論点を「どうやって評価結果を覆すか」から「今後、自分が高い評価を得られる成果を上げるために何をすべきか」に変えましょう、という話です。

なお、前者を論点とした場合、万が一評価結果を強引にひっくり返せたとしても禍根が残りそうですし、中長期的には自分自身にとってマイナスの影響があってもおかしくはありません。

その反面、後者を論点とした場合には直近の評価を甘んじて受けなくてはなりませんが、長い目で見れば自己の成長に繋がり、それが成果を生み、評価結果にも反映されるようになるはずです。論点を見直すだけで、これだけの差が生まれる可能性があるのです。

続いて別の例を見てみましょう。

「うちの部署に先月中途で入社したBさん、業務マニュアルに書いてある手順に沿ってやってくれなくて困ってるんです。Bさんに理由を聞くと『こっちの方がマニュアルの手順より効率が良いから』と言うんですけど、どうやったらマニュアルの手順を守ってもらえますかね」

このような話は珍しくありません。業務マニュアルに限った話ではありませんが「会社の規則をどうやって守らせるか」を論点としているケースです。もちろん、飛行機の操縦や医療機器の使用などの人の命を預かる仕事、ミスが一切許されない職場においてマニュアルを遵守しないことはあまりにリスクが高過ぎるので100%守らせなければならないでしょう。

しかし、一般的にはマニュアルの手順にそこまでのリスクはありません。それではなぜ業務マニュアルの手順を社員に守らせなければならないのでしょうか。これはその企業や組織の業務の特性や置かれている状況によって異なりますが、例えば「法令を守るため」、「情報漏洩を防ぐため」、「アウトプットの質を標準化するため」などが考えられます。

このケースでは、少なくとも相談者の言い分では「自分のやり方の方がマニュアルの手順より効率が良い」とのことです。もしその主張が正しかったとすると、頭ごなしに「マニュアルの通りにやってもらわないと困る」と主張しても相手には納得してもらえないでしょう。

更に深堀して考えてみましょう。仮にマニュアルの目的が「情報漏洩を防ぐため」だった場合には、問答無用で「情報漏洩防止のためにマニュアルの手順を守らせるにはどうしたらよいか」と考えてしまうかもしれません。

ところが本来考えるべきは「この人のやり方は確かに現行のマニュアルの手順より効率が良い。そこで、情報漏洩防止の観点でチェックして、問題がなければマニュアルの手順を更新しましょう。」といったことのはずです。

つまり、論点を「業務マニュアルの手順を守らせるにはどうするか」から「情報漏洩防止という目的を維持しつつ、業務マニュアルの手順をより効率化するために何をすべきか」にシフトするということです。後者の方が業務の改善に資することは明らかでしょう。

以上見てきたように、論点を突き詰めて考えるようにすることで、相手からの相談をきっかけにして自己の成長や業務改善などの前向きな変化を生み出すことができるのです。ぜひ試してみてください。