いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。今回は、高円寺のおそば屋さん「更科」です。

  • そば屋「更科」(高円寺)


昭和感満載のおそば屋さんへ

高円寺とはいえ青梅街道沿いなので、最寄りの駅はむしろ新高円寺というべきかもしれません。南阿佐ヶ谷と新高円寺の中間で、やや新高円寺寄り。高円寺から歩いたとしたら、15分くらいかかるでしょうか。

そんな場所に昭和感満載のおそば屋さんがあることが、前から気になっていたのです。しかも屋号が「更科」です。いうまでもなく、「藪」「砂場」と並ぶおそばの老舗。つまりは暖簾分けなのでしょうね。

  • いたって昔ながらの店構え

とはいえ大物感をアピールするようなところは一切なく、どこの街にでもありそうな(「以前はよくあった」というべきでしょうか?)、昔ながらのおそば屋さんです。だから惹かれたんですよね。

伺ったのは、午前11時ちょっと過ぎ。開店直後ですから一番乗りかと思っていた(それを狙った)のですが、意外や奥の席には、すでにお客さんがひとり。店主らしきおじいさんと親しげに話していたので、常連さんなのでしょう。

  • 開店直後、すでに常連さんの姿が

その光景を見ただけで、地元に根づいたお店であることがはっきりとわかります。事実、高い位置にかけられたお品書きも、年季の入った色合いです。

  • 歴史を感じさせるメニュー

おっと、よく見ると「更科さん江 兄弟一同」と書かれています。独立されたとき、ご兄弟から寄贈されたということか。当時、どんなやりとりがあったのか、いろいろ想像してしまいます。

そんなところも含め、店内は「渋い」のひとこと。左側には広めの御座敷があり、右側にはテーブル席が3つ。深い色合いをした柱や家具を見ただけでも、長い年月を経て来たのであろうことがわかります。

  • 座敷もあって渋い店内

ちなみに僕が座った席のすぐ近くには金魚の泳ぐ水槽があり、隣にはマスクをした警視庁のピーポくんが。その横には金魚の餌も置いてありますね。そんなアバウトさもまた味。無駄な気負いがなくて、いい感じです。

  • 漫画、金魚、そしてピーポくん

そばの上にはあのフルーツが……!

迎えてくださったおばちゃんに、冷やしむじなそばを注文しました。「むじな(狢)」とはアナグマのことですが、要はたぬきときつねがダブルで乗ったおそばです。

僕はこれが好きで、しかも載っている具などがお店によって違うので、このお店ではどんなものが出てくるか、ちょっと興味があったのです。

調理は厨房にいる息子さんとおぼしき男性の担当で、ご主人は相変わらず常連さんと静かに会話。テレビからはニュースの音声が聞こえてきて、普通の朝の光景という印象があります。

壁には「鰹蕎会(けんきょう会)」のポスターが貼ってありますね。「"そばだし"の鰹節専門店グループ」と書かれているとおり、おそば屋さんに鰹節を卸している会。なんとなく、味にも期待できそうです。

  • 鰹節専門店グループのポスター

さてさて、登場した冷やしむじなそばは、なかなかの個性派。少なくとも、僕の想像を超えていました。たぬき、きつね、きゅうり、しそ、刻み海苔、ナルト、ゆで玉子、紅生姜……あたりが載っていることまでは予測できたのですが、他にトマトのスライスとミカンが加えられていたのです。

  • トマトとミカンまでもが鎮座

したがって、彩りはとても豊か。トマトとミカンの色合いは、たしかにアクセントになっています。冷やしそばにマッチしているかどうかは好みの分かれるところかもしれませんが、それもまた個性ですね。

  • ここにミカンがあること自体にインパクトが

キリッと締められたそばは、強いコシがあって喉越しもなめらか。そしてつゆは、ほんのり鰹の風味が感じられます。そのあたり、さすがは更科ですね。

  • そばのコシには老舗の風格

ごちそうさまと声をかけ、引き戸を開けて暖簾をよければ、目の前には車の行き交う青梅街道。ときおり人も通るけれど、一等地にしては落ち着いたロケーションだなぁと改めて感じました。

決して派手さはないし、いまどきっぽくもないけれど、だからいいんですよね、こういうお店って。次に訪れるときは、冷酒ともりそばでも楽しみたいところです。


●更科 住所:東京都杉並区阿佐ヶ谷南1-4-1 営業時間:11:00~15:00、17:00~19:00 定休日:金曜日