いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。

今回は、高円寺の洋食店「クロンボ」をご紹介。

  • 阿佐ヶ谷から移転した老舗「クロンボ」(高円寺)

阿佐ヶ谷ゴールド街にあった名店

いま、「ビーンズ阿佐ヶ谷」になっている阿佐ヶ谷駅の高架下は、かつて西側が「ダイヤ街」、東側が「ゴールド街」という昭和感満載の商店街でした。

で、ゴールド街の1階にはかつて、雰囲気も味も最高な「クロンボ」という洋食店があったのです。ちょっとドキッとしちゃうネーミングですが、そのあたりもまた昭和な感じ。たしか1976年ぐらいにできたんじゃなかったかな?

ところが、老朽化したゴールド街はやがて全面改装されることになり、2011年夏にクロンボは閉店。そんな経緯を経てビーンズができたわけですが、そこには入っていなかったのでした。

  • 真っ赤な看板が目印

だから残念だなぁと感じたものの、意外なことに同2011年冬、隣の高円寺で新規オープンしたのです。場所は北口のガード下、桃太郎すしの並び。

などと書いていますけれど、じつは高円寺に移ってからお邪魔したのは今回が初めて。よくあるパターンで「いつでも行けるな」と思っていたら安心してしまい、気がつけば10年が経過していたというお粗末です。数ヶ月に一度は、必ず前を通っていたのに。

ってなわけで、このたび遅まきながらお邪魔することにしたのでした。

  • 外観はいたってシンプル

クリーム色の壁と、赤い看板が目印。以前とはだいぶ雰囲気が変わりましたが、これはこれで味わい深いですね。左側にはAからEまであるセットメニューの食品サンプルが並んでおり、それを眺めているだけで食欲が湧いてきます。

  • 訴求力抜群の食品サンプル

だから最初はそのうちのどれかにしようと思っていたのですが、「MENU」と書かれた大きなプレートの横に掲げられたランチメニューを目にした瞬間、「いや、こっちでいこう!」と強く感じたのでした。

  • 右の「サーヴィスランチ!!」表記に注目

なにが心を打ったかって、「サーヴィスランチ!!」という手書きの表記ですよ。「サービス」じゃなくて「サーヴィス」としているあたり、さりげない本物思考が感じられるじゃないですか(少なくとも僕はそう思ったよ)。

しかもハンバーグ、ポテトコロッケ、茄子はさみ揚、ハムエッグにライス、みそ汁がついて680円って安すぎ。やるなあ。

お店に入ると右側に券売機があるので、まずは食券を買いましょう。ただしそこには、「サービスランチ・サービスセットは直接お申し付けください よろしくお願いします」との張り紙が。そうか、そういうことになってるのね……って、こっちの表記は「サーヴィス」じゃないぞ(ツッコミが細かすぎる)。

  • 清潔な厨房

ともあれカウンターの端に座り、「サーヴィスランチをください」とお願いしたのでした。“ヴィ”の発音に細心の注意を払いながら(うそです)。

開店間もない店内には、すでに常連さんがひとり。その人とマスターは、テレビに目をやりながら大谷翔平のことなどを話しています。とはいえ話し続けているわけではなく、ときどきぽつりぽつりとことばが交わされる程度。

だから聞くともなしに聞いているだけで穏やかな気分になれたし、しかもマスターは決して仕事の手を休めないのです。そういうところって信頼できますよね。

  • お待ちかねのサーヴィスランチ

さて、そうこうしているうちにサーヴィスランチが登場。まずはライスが、続いてメインのプレートとみそ汁が運ばれてきました。それを見た瞬間に、阿佐ヶ谷時代のことが脳裏に蘇ったのは当然の話。

それにしても、見るからにサーヴィス満点です。キャベツの千切りの上には、ハムで覆われた目玉焼き、その横にはシンプルなスパゲティのソテーがあり、右から茄子はさみ揚、ポテトコロッケ、ハンバーグと、茶色いやつらが並んでいます。つまり、看板には書かれていなかったものまで入っているという大盤振る舞い。

  • ハンバーグもジューシー

しかも、ひとつひとつの味がとてもしっかりしているのです。特に際立っているのがデミグラスソース。濃厚でありながら適度なサッパリ感もあるそれは、まさしく昭和の味。つまり、50年近い伝統に裏づけされた味。

帰り際にお聞きしたら、ゴールド街が取り壊しになった際には、新しい建物(ビーンズ)に戻る話があったのだとか。

  • いまはおひとりで切り盛り

「だけど、断っちゃったんですよ。阿佐ヶ谷のころは人も使ってたけど、いまのこのくらいの規模だったらひとりでできるからちょうどいいし、それにもう歳だからね」

たしかに阿佐ヶ谷もよかったけど、こちらはこちらでいいですよね。今度はチキンカツかなんかをつまみに、テレビを見上げながら瓶ビールでもいただこうかな。

「よかったら、またいらしてください」と声をかけてくださったマスターの笑顔を見ながら、そんなことを考えたのでした。

●クロンボ
住所:東京都杉並区高円寺南4-49-1
営業時間:11:00〜22:30
定休日:第一、第三土曜日