経済キャスターの鈴木ともみです。今回は、漫画家の山田玲司さんの著書『資本主義卒業試験』(星海社新書)をご紹介します。難題であるテーマ『資本主義』の構造が「マンガ×小説」形式により、とてもわかりやすくまとめられています。ぜひ、若い世代の方々にお読みいただきたい一冊です。

鈴木 : 一気読みさせていただきました。複雑な「資本主義の構造」が的確に整理されている一冊ですね。

山田 : ありがとうございます。難しいテーマですので、漫画のスキルを生かし、理解しやすいような会話形式でまとめました。

鈴木 : クライマックスにかけてのシーンは、まさに舞台演劇の一幕のような迫力があり、圧巻でした。これまで、山田さんは「恋愛」や「非属」など、あらゆるテーマを題材にした(漫画を中心とした)作品を世に送り出し、評価を得ています。今回、改めて「資本主義」をテーマに選ばれたのには、どのような理由があったのでしょうか?

山田玲司さんプロフィール

1966年生まれ。小学生の頃から手塚治虫に私叔し、20歳で漫画家デビューした後、『Bバージン』で一気にブレイク。2003年から始めた対談漫画『絶望に効く薬』のなかで"経済成長"の問題にぶちあたり、「幸せ経済研究所」の枝廣淳子さんとの会話中に本書の着想を得る。現在、『ビッグコミックスピリッツ』にて、美大受験を舞台にした恋愛漫画「アリエネ」を連載中。代表作『非属の才能』(光文社新書)は、2011年本屋大賞の「中2男子に読ませたい!中2賞」を受賞。「和をもって属さない(群れずにつながる)」生き方を提唱し、若き次世代の「人生のバイブル」となっている。

『資本主義卒業試験』(星海社新書 山田玲司著 定価 : 本体820円(税別))

山田 : 私は、日本経済のバブル成長期を20代で体験し、その恩恵を受けてきた世代です。さらに私よりも上の世代は、高度経済成長期を生きてきた世代です。そのような歴史を経た今、どんな時代にあるかと言うと、それら成長期に積み上げられたツケを多くの人たちが払わされている時代、まさに「巻きこまれの時代」の真っ只中にあると思うのです。今を生きる若い人たちは、この「巻きこまれの時代」のなかで、戸惑い苦しんでいる。その根幹にある「資本主義」の構造や実態を、自分なりの表現で、多くの人たちに伝えたいという思いから、本書が生まれました。

鈴木 : 山田さんご自身は、その「巻きこまれ」の渦中にいたことはあるのでしょうか?

山田 : 実際、私も貧乏漫画家として苦しんだ頃がありました(笑)。漫画家としての仕事の面だけでなく、恋愛の世界でも葛藤した時期もありました。そういった自分のなかに存在する部分や、友人のエピソードなどを投影させたのが、物語に登場するキャラクターたちです。

鈴木 : 登場人物たちが個性豊かですよね。まさに「資本主義」社会に生きる象徴的な存在と言えるかもしれません。最初に登場する主人公は35歳の漫画家さんですね。

(『資本主義卒業試験』~プロローグ「僕は騙されている」~より抜粋)
僕は漫画家。35歳。
東京で生まれて郊外で育った。
漫画を描くのが大好きで、漫画家になる「夢」を持った。
美術大学で絵画を学んで、有名な漫画家先生のアシスタントになり、膨大な数のボツ作品を描き続け、やがて大手出版社のメジャー誌で新人賞を取ってデビューを果たした。
数年後にヒット作を出し、他誌からのオファーも来るようになった。
つまり僕は、「夢を叶えた」のだ。
ところが問題はこれからだった。(中略)
僕は夢を叶えてからのほうが苦しくなっていったのだ。
漫画家になってから訪れたあらゆる変化は、刻々と僕を締めつける過酷なものばかりだった。一度売れると、売れるのは当然のこととなり、「勝ってあたりまえ、負けたら終わり」というストレスは年々ごまかせないものになっていった。(中略)
酒はさらに強いものになり、悪い大人の遊びを覚え、若い女に慰めを求め、ついには精神科の門を叩き、乱暴な苦い薬で現実をごまかそうとした。
そしてある日、妻がいなくなった。
6歳の息子が駆けずりまわっていたリビングは暗く、クレヨンの落書きがこびりついたテーブルの上に、離婚弁護士の名刺が置いてあった。僕は家族を失い、慰謝料と養育費という、大人の勲章を授与されたのだ。(中略)
はじめの頃は、アシスタントの若者たちともくだらないバカ話で盛り上がっていたのに、僕はやがて笑えない漫画家になっていった。
おかしい。僕は夢を叶えた人間なのに。

鈴木 : 物語は、この35歳の漫画家・山賀玲介が取材したことのある有名大学の教授を訪ねる場面から展開していきますね。その教授が学生に出した「資本主義卒業試験 Q・行きづまった現代の資本主義社会は、どういう形でつぎの社会へと卒業できるのか?」の答えをもらいに…。そこに、試験の単位が欲しいと女子大生の赤星リコが懇願しにきます。

山田 : そうですね。登場人物一人ひとりが加わります。次に出てくるエコの国から来た鈴木大地というキャラクターは私の友人をイメージしました。

(『資本主義卒業試験』~第3話「エコが向いてない男」~より抜粋)
鈴木大地は語り出した。
「僕は諏訪で生まれ育った田舎者です。いつもおもしろいこととか、かっこいい人は東京にいるものだと思っていたんです。だから勉強して都内の大学に入って、気取ったサークルに入って…それで彼女と出会ったんです。
それで彼女に完全にハマって…。なんていうか、僕や地元の連中とは違う『都会の女』なわけですよ。ニューヨークのアートの話とか、ロンドンのカフェの話とか、ドイツの政策の話なんかが普通に会話で出てくるんですから。しかも彼女の地元は目黒ですからね。(中略)
まあ…こんな出生のギャプも勢いでごまかして、なんとか僕も広告関係の下請けの会社に潜り込んで、彼女は外資系の会社に入社して…。まあ、このあとは結婚か? なんて思っていたんです。
それが…彼女の自然志向とかオーガニック嗜好とか…地球温暖化の話が盛り上がってきた頃から、その枠だけに収まらなくなってきちゃって。南極の氷河の話とか、砂漠化の話とか、エネルギーシフトの話とかになってきて…なんかヤバいな、ついていけないな…と思って。で、タイミングが悪いことにその頃、自分の会社が不景気で異常な状況になってきたんです。
ともかく人を雇えないもんだから、クビになった人のぶんまでやることになるし、安く受けないと仕事が取れないんです。おまけに仕事が取れても、大量に取らないと赤字になるんですよ。これじゃ、家になんか帰れませんよ。
ストレスなんてもんじゃないですよ。血尿が出ました。起きたら朦朧としたまま会社に行くんです。それで彼女とは喧嘩ばっかりで、それで、ついに別れようって言われて…。
それだけはどうしても嫌で。どうしたら別れないでくれるか聞いたんです。
そうしたら、会社を辞めて、資本主義社会から降りようって言われたんです。(中略)
ロハス!田舎で無農薬野菜を作りながらのんびり子育てをして、大きな犬飼って…みたいな。
なんかそういうのがキツいのは、わかってたんですよ。自分の地元が農業でさんざん苦労しているのを知ってますからね。雪だの猛暑だの害虫だの…人間関係だの…ね。
彼女はいいんです。バルコニーで虫の音にうっとりしながら月を見てるだけで満足だって言うんですから。でもね、俺は…。(中略)
エコのやつらは真面目でつまんないんだよっ!! 俺ばっかり古い人間みたいに言いやがって。ふざけんなよ、俺は人間なんだよ! 欲望があるんだよ! それが普通なんだよっ、バカ野郎!これで妻に軽蔑されるなんておかしいだろ!俺は…ただ…俺は…」
鈴木大地は声を震わせながらうずくまった。

鈴木 : この鈴木大地という人物の苦悩に共感される方は多い気がします。苦悩と言う点では、次に登場する黒沢という人物も中年サラリーマンが抱える典型的な失望と葛藤に苛まれていますよね。

山田玲司さん

山田 : はい。黒沢を始め、登場人物たちは資本主義社会の歯車に巻きこまれ、根本にあったはずの「自分」がどんどんブレていき、不安や苛立ちや苦悩を抱えてしまうのです。

商社マンの黒沢はその象徴的な例かもしれません。

(『資本主義卒業試験』~第4話「エゴの国の孤独な怪獣」~より抜粋)
「俺は黒沢。エゴ国を亡命してきた…」
黒沢と名乗ったその大男は、少し震える手でトレンチコートのポケットから裸の女のレリーフが刻まれた妙な形の水筒を取り出すと、キャップを開けて口に運んだ。
「人間には欲望がある。誰にでも。だがなあ…」
年齢は40代後半というところだろうか。顔には修羅場を越えてきた男特有の深い皺が刻まれている。アルコールの匂いが微かに漂う。
「バカにはそれを抱く資格はねえんだよ」(中略)
「いいか、人間には2種類しかねえんだよ。奴隷人間と奴隷を使う人間だ」(中略)
「日本人はエビが好きだよな」
「そこで、企業戦士は条件のいいエビの養殖場を作ろうと思う。調べると、東南アジアの島にいい条件の場所がたくさんあることがわかった。土地の人は地味に漁をして生きている人たちだ。ぜひとも豊かな国と取引して外貨が欲しい。お金を稼いで豊かな暮らしがしたいと思った。そして、島を覆うマングローブの森を伐採して、エビの養殖場を作った。養殖は成功したが、森を破壊したことで島の生態系が崩れ、数年でそこは養殖に使えなくなった。そこで彼らは新しく森を切り開いて再び養殖場を作った。気がつくと、隣の島でもエビの養殖をはじめたという。エビを買ってもらうために、彼らはエビの値段を安くして、養殖場をさらに増やさなくてはいけなくなってしまった…。
数年後、俺が現地に行くと、かつての美しい南の島は荒れ果てていたよ。おまけに現地の人間は、エビの尻尾を輸出して、残ったエビの頭を食っていた…。
利益のほとんどは俺たち商社が取る契約で、残りは現地のブローカーが巻き上げる仕組みなんだよ。働いている漁師たちに、ほとんど金は回らねえのさ。
でも俺たちは真面目に働いたんだぜ。俺も部下も寝ないで働いたさ。下請けも、孫請けも、夜中のタクシードライバーも、掃除のおばちゃんもな。みんなが協力して、助け合って、プロジェクトは200億円を超える利益を出した。みんな喜んだよ。
この勝負に負けたのがライバルの商社だ。うちとの競争に負けて何百億かの損失を出して、責任者は夜中のオフィスで首を吊ったよ。南の島じゃ、家族のために12歳の少女が売春させられるようになった…」
「そしてー会社は成長した」(中略)
黒沢は遠くを見ながらつぶやいた。
「資源をゴミにしまくって、貧乏国から金を巻き上げて、土地にも空気にも川や海にも毒を撒き散らして稼いだ金で、息子に高級ステーキを食わせて『尊敬されようとしている』ゴミ野郎だからな。ふっ…そんなこと、中学生にもなりゃ理解できるさ。息子の目は言ってたよ、『お父さん、僕はあなたのあとをついていけません』ってな…。
卒業してえんだよ…。俺は、この狂った資本主義社会を卒業してから、息子に会いてえんだ。本当に欲しいのは、つぎの時代の『新しい価値』だ。iPodでも高級ステーキでもない価値だ。資本主義の向こう側に行って、『欲望を越える新しい価値』を見つけなきゃいけねえんだよ…。俺たちみてえな罪深きショッカ―連中は救われなくてもいいんだ。だけど、息子たちには……いったいなんの罪がある?」(中略)
リコが言った。
「資本主義卒業試験の第1問の答えって…今ここにいるみんなが言ったことぜんぶじゃないかな…?」

鈴木 : そして、主要な登場人物が出揃ったところで、一行はラピスという案内人に導かれ、『資本主義ランド』へとたどり着きます。

そこには『ネバーエンディングストーリー』のもと、お城のなかに住むお姫様が登場し、「夢」や「欲望」を叶えることの大切さを説きますね。続いて登場するのが根拠のない、絶対無敵のヒーロー・ビクトリス。「努力すれば必ず勝利する」という思想を披露します。

山田 : はい。絶対に負けないヒーローが、姫の欲望を叶え続ける世界ですね。そのキーワードは「成長」になります。

鈴木 : そして、「成長」の彼方に築きあげた絶対的地位の大富豪がついに現れます。この『資本主義ランド』の場面は、本書の肝とも言えるかと思いますので、ぜひとも読者の皆さんには、その世界に陶酔しながら(笑)お読みいただきたいと思います! 描写はとてもファンタジックですが、内容はとてもシニカルで辛辣です。

山田 : やはり、ファンタジーの世界にいる現実と、しっかりと向き合うことが大切だと思うのです。つまり、『成長』することであらゆる欲望が満たせるという幻想に包まれた『資本主義ランド』からの脱却です。自分だけは大丈夫、危険があれば保険をかけて、絶対安全で変わらない、必ず勝つ国『資本主義ランド』なんて、永遠に続くわけがありません。地球が何個もあって増えていけば、その幻想がずっと続いていくでしょう。でも、私たちは限りある地球のなかで、循環社会のなかで生きていますし、これからも生きていかなくてはならないのです。

鈴木 : そうしたなか、本書では『資本主義卒業試験』の解答につながる3つのキーワードが出てきますね。

山田 : はい。これら3つの答えは、「今さら」と思われる方もいれば、「なるほど」と納得される方もいるでしょう。決して単純化できるテーマではありませんが、そこを敢えて、伝わりやすい形で表現しました。決して自分がブレていくことのないよう、幻想の世界に惑わされずに、循環する事象や物事をその都度味わい、享受していきましょうよ! と。

昼があれば夜もあります。季節だって移ろいます。でも、春夏が過ぎ秋になった時、その秋を憂い春夏に未練を残し続けるのではなく、秋を味わい、その後の冬も愛しましょうよ!ということです。

鈴木 : なんだか詩人のようですね。

山田 : そうですね(笑)。でも、世の中に詩人がもっと増えていったらいいなと思いますよ。「詩人政治家」や「詩人サラリーマン」など…。そうなれば、もっと感性豊かで「自分」を見失わないですむ世の中に近づいていけるような気がします。

鈴木 : 金融・マーケット報道の世界で生きてきた私には、刺激的なお話の数々でした。

今日はお忙しい中、ありがとうございました。

山田 : ありがとうございました。

執筆者プロフィール : 鈴木 ともみ(すずき ともみ)

経済キャスター、ファィナンシャルプランナー、DC(確定拠出年金)プランナー。中央大学経済学部国際経済学科卒業後、ラジオNIKKEIに入社し、民間放送連盟賞受賞番組のディレクター、記者を担当。独立後はTV、ラジオへの出演、雑誌連載の他、各種経済セミナーのMC・コーディネーター等を務める。現在は株式市況番組のキャスター。その他、映画情報番組にて、数多くの監督やハリウッドスターへのインタビューも担当している。日本FP(ファイナンシャルプランナー)協会認定講座『FP会話塾 ~好感度をアップさせる伝え方~』講師。