家庭、友人関係、仕事、趣味など…生活における読者の「お悩み」に寄り添う、さらには解決してくれるかもしれないドラマ、バラエティ、ドキュメンタリー、リアリティショーなど、配信サービスの映像コンテンツを、コラムニストの長谷川朋子が“処方箋”としておすすめする「長谷川朋子のエンタメ処方箋」。

第7回は、「更年期の怒り」という切実なお悩みに、Netflix版ドラマ『阿修羅のごとく』を処方します。

  • Netflixシリーズ『阿修羅のごとく』独占配信中

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「更年期になり、感情のコントロールが難しいと感じるようになってきました。特に『怒り』の感情のコントロールが難しいと感じます。若いころは受け流せたことも、受け流せなくなってきました。なるべく感情を出さないようにしていますが、抑えると時間が経ってからイライラするので、余計きつく感じます。アンガーマネージメントの方法が知りたいです」(沖縄県在住・50歳女性)

この相談文で印象的なのは、「怒らないようにしている」という一文です。怒りを抑え、波風を立てずにやり過ごす。それは多くの人が身につけてきた、大人としての処世術でもあります。とはいえ、更年期に差しかかると、それがうまく機能しなくなることがあります。理性では抑え込んだはずの感情が、時間差で、別の形で噴き出してしまう。その苦しさが、相談文から伝わってきます。

そんなとき、そっと勧めたくなるのが、『阿修羅のごとく』です。

怒りを抑えきれず、口に出し、ぶつけ、時に後悔する四姉妹の姿

このドラマが「アンガーマネジメントに効く」と言うと、意外に思われるかもしれません。というのも、『阿修羅のごとく』は、怒りをコントロールする物語ではないからです。むしろ描かれるのは、怒りを抑えきれず、口に出し、ぶつけ、時に後悔する四姉妹の姿。向田邦子脚本の名作を是枝裕和監督が現代にリメイクし、宮沢りえ、尾野真千子、蒼井優、広瀬すずが演じています。

物語の発端は、父親に愛人がいるかもしれない、という疑惑です。家庭の奥にしまい込まれていた不安や不満が、一気に表に出てくる。その構図は、この作品が「怒り」をどう描く物語なのかを、早い段階で示しています。

三女・滝子(蒼井)は「はっきりさせるべきだ」と興信所に依頼し、次女・巻子(尾野)は家庭の平穏が乱れることにいら立ちを募らせます。長女・綱子(宮沢)は感情を飲み込み、場を収めようと事態を見守る。一方、四女・咲子(広瀬)は、どこか現実的で、姉たちの怒りを軽やかにいなします。

たとえば、姉たちが「これ以上、母親を傷つけるようなことはやめて」と詰め寄る場面。咲子は悪びれる様子もなくこう言い返します。

「そうかな? あたし、親孝行したと思うけど」

その一言で、姉たちはさらにいら立ち、場の空気は一気に張り詰めていく。

ここには、誰の怒りが正しいか、という単純な答えはありません。けれど、それぞれが何に腹を立てているのかは、はっきりと違います。秩序を壊されることへの怒り、我慢を踏みにじられる怒り、分かってもらえない怒り。怒りの形は違っても、どれも本人にとっては切実です。

ぶつかり合い、すれ違い、時に空振りに終わることもあります。それでも会話は続き、関係も続いていきます。怒りを「なかったこと」にしない代わりに、人生もまた、なかったことにはならない。感情を抑え込むことに疲れてしまった人に、この物語は静かに寄り添ってくれます。

人生の段階ごとに変わっていく「怒り」

ここまで見てくると、『阿修羅のごとく』が、更年期の怒りに向き合う処方箋として有効な理由が、もう一つ浮かび上がってきます。それは、物語の中心に、年齢のステージが異なる女性たちが並んで立っていることです。

同じ出来事に直面しても、彼女たちの反応や感情の出し方はまったく違う。そこには性格の違いだけでなく、「今、どの年代を生きているか」という差が、くっきりと表れています。 怒りを爆発させる人もいれば、飲み込む人もいる。言葉にする人もいれば、態度で示す人もいる。どれが正解というわけではありませんが、「年齢によって、怒りの表れ方は変わっていく」という事実が、このドラマではごく自然に描かれています。

更年期に感じる怒りは、若いころのそれとは質が違うことがあります。勢いではなく、これまで積み重ねてきたものから生まれる怒り。だからこそ、「自分だけが扱いにくくなった」と感じてしまう人も少なくありません。

そう考えると、この物語が描いているのは、怒りの是非を決めることではありません。怒りの形は一つではなく、人生の段階ごとに変わっていくものだということ。今感じている感情も、その流れのなかにあるのだと捉え直すことができます。

アンガーマネジメントという言葉は、怒りを抑える技術として語られることが多いものです。もちろん、それらが助けになる場面もあります。ただ、更年期という変化のなかでは、「抑えよう」とするほど、かえって苦しくなってしまうこともある。

それよりむしろ、怒りが生まれた理由に目を向け、向き合い、時にぶつかりながら、自分なりの答えを探していくこと。その過程こそが、感情と付き合い直すための、現実的なヒントなのだと感じます。

怒りを消すのではなく、怒りの正体を知る。『阿修羅のごとく』は、人生の揺らぎのなかで、そっと差し出される鏡のような存在です。

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