実力はいつ足りる?

藤井先生に今後について尋ねた場面です。

――六冠達成後に「まだまだ実力的に足りないところが多いと思う」とおっしゃっていました。現状、8つのタイトルのうち6つ(2023年3月インタビュー当時)を保持しているわけですが、藤井先生にとって「実力が足りた状態」というのはどのレベルに達することでしょうか?

「足りないというのは理想から見てどれくらい足りない、ということではないです。イメージとしては、次のレベルから見たら足りないということで、レベルが上がったらさらに次のレベルが出てくるという感じです」

・・・まさに「これが藤井聡太だ」といわんばかりの考え方だと思います。

「理想から見てどれくらい足りない、ということではない」

普通、ビジネスの世界では問題というのは理想と現実のギャップとして定義されます。 理想の状態(ゴール)を定めて、現状との差を分析し、現在地からゴールまでをいかに速く、効率よく進むかが重要になります。 だから、問題を解決するためにはまずゴールを正しく定義することが大切なのですが、藤井先生の場合、このゴールというのが存在しないのですね。

現在地から次のレベルが見えていて、その次のレベルに達するとまた次のレベルが現れる。+1が永遠に続くため、強くなるための運動は無限に続いていくことになります。まさに無極です。

藤井先生は問題があってそれを解決する、みたいなビジネス的なマインドではなく、もっとピュアな動機で将棋に取り組んでいるように見えます。

では「ピュアな動機」とは何でしょうか?

今回の将棋年鑑では杉本先生にもインタビューをしたのですが、杉本先生は藤井先生を突き動かしているものは「好奇心」ではないかとおっしゃっていました。

藤井先生は強くなることに対して「努力している」とか「向上心を持って取り組んでいる」という感覚はなくて、ただ楽しいから、面白いからやっている。逆に努力や向上心でやっていたら、あそこまで続けられないはずだとおっしゃっていました。

藤井先生の飽くなき探究心の根底にあるものは、そういう原初的な「楽しさ」とか「面白さ」といった感情で、だから強い、だからブレない。以前のインタビューで「強くなれば違う景色が見られるかもしれない」という言葉をいただきましたが、そういう純粋な気持ちを持ち続けて将棋に取り組んでいる姿勢は本当に尊いものだと思いました。

話の続きをご覧ください。

――なるほど。常に現在より+1のレベルが見えていて、そこを目指していくということですか。となると、どこまでいっても足りない、というか次があるわけですね。

藤井「そうですね」

――その意味でも実力の尺度としてタイトル数はあまり関係ないのですね。

藤井「はい。そうですね」

・・・どこまで行っても終わりじゃない、次がある。タイトル数は関係ない。

これだから藤井聡太は強く、私たちを魅了してやまないのでしょう。

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