生涯雇用の時代は終わったといわれて久しいが、実際世の中の平均転職回数は平均2.8回と案外多くありません。

ただ、これは現在の就労人口(60代まで含む)ものであるため、今後増えていく可能性が大きいもの。

自分の周りを見回してみても、一つの会社に一生いるつもりという人はほとんどいないことから、やはり転職は身近なものになりつつあるのではないでしょうか。

一方で、ずっと一つの仕事を続けている人は日々どんなことを考えながら働いているんだろう?

異業種への転職さえ当たり前になってきている時代ですが、人生を賭けてひとつの何かを極めようとする職人的な仕事に関心を持つ人も多いでしょう。

  • ひとつの仕事を一生続けられますか?

伝統芸能の世界で働くこと

そこで今回は、伝統芸能の世界で働く人の話を聞いてみたいと思い、仕事旅行のホストでもある武田文志(たけだ・ふみゆき)さんに会いにいきました。

彼の職業は「能楽師」。ご存知のように能楽は基本世襲の世界です。

その家に生まれたからには職業選択の自由はなく、「イヤでもあとを継がなければならない」といったイメージも持っていたのですが、実際はどうでしょう? 人生や芸で壁にぶち当たった時はどうやって乗り越えてきたのでしょうか?

ひとつの仕事を続けることで何が得られるのでしょうか? あるいは失うものもあったのでしょうか? そのあたりを率直に聞いてみました。

家に舞台があることが普通だった

能の世界には、家元を頂点としたピラミッド社会です。武田文志さんは観世流シテ方の家に生まれました。

プロの育成にあたる「職分」といわれる家柄で、武田さんは師匠でもある彼の父(武田志房氏)と26世宗家・観世清和氏、人間国宝の野村四郎に師事しています。

武田家は曽祖父の代から続く能楽師一家。ここに生を受けた男子はみな能楽師になるのが当然という家系です。

そんな名門一家の次男坊として生まれた武田さん。嫡男の家なので、長男が次期当主として生まれながらに決められ、弟の武田さんも小さい頃から能の舞台を踏んできました。

「物心ついたときにはそういう生活だったので、それに対して好きとか嫌いとか、いいとか悪いとかの感覚は無いんですよね」。

能は「やりたいことがないからやる」といった気持ちで進める道ではない

武田さんは次男で末っ子なので、ほめられたい思いが強かったそう。兄が長男なので厳しく育てられる一方、兄の稽古を見ていたので、怒られないやり方を心得ていました。

要領よく稽古に臨んでほめてもらえる。彼にとってお能はある意味では自己承認ツールのひとつだったそうです。

とはいえ、将来能を職業にするなら、高校の初めから本格的に大人としての舞台の役付けや稽古をし始めなければいけません。

褒められたいという軽い思いで能に関わっていた武田さん。

御宗家に立ち話で将来を問われた際に「(能をやるかは)まだ分かりません。他にやりたい事があったら、そちらをやるかもしれません」と口走り、「お能は他にやりたいことがないからやるとか、そういうもんじゃない」と諭されます。

また同時期に能を本業としてやっていくのかを父親から迫られたことから、能楽師の道を自分の意志で進むことを選びました。

白血病を機に意識が変わる

この世界では「若手には難しい」といわれるような大きな役にもトライしました。重責を担うことが楽しくもあったそうです。

しかし、芸に磨きがかかり始めた36歳の誕生日に白血病であることが発覚します。お能ができなくなるどころか、命の危険もある状況から、幸いにして回復。生死の境を経験することで、価値観が変わったそうです。

「昔はちょっとした風邪で亡くなる方も多かったわけですよね。そう考えると白血病なんて命を失う病だったはず。これまで医療を発展させてきた研究者や亡くなった方たちのことを思うと、自分のためではなく、人のために生きよう」と考えた。

こういった発想は、先祖代々に渡って築き上げてきたものを、現在、未来へとリレーする伝統芸能の一家に育ってきた武田さんならではの感覚かもしれません。

そこで武田さんが考えたのは、能の世界の風潮を変えたいということでした。

創成期には誰もが楽しめる庶民的「エンターテインメント」だったお能が、現代では「ただの難しいもの」であるかのように捉えられている。

その原因のひとつとして、変われない能楽界の体質と考えました。

伝統芸能の世界でも、仕事のモチベーションは変化する

とはいえ、無闇に大げさであったり、派手な試みをやったりしところで、課題が解決するわけではありません。

そこで、能楽界を変えていきたい気持ちを胸に秘めながらも、まずは自分自身の特性を生かして「他人に何ができるか?」を考えることに重きをおいたそうです。

元々、法人の研修などで人生について語ることが多い武田さん。喋りは得意だと自認しています。そのため、最近では、その力をいかし、能とビジネスを近づけようと行動しています。

当たり前のことではありますが、長年働いていると、仕事に対するモチベーションは変化します。

目の前の仕事が嫌で離れるというのも手ですが、きっかけさえあれば、同じ仕事でもそれに対する感じ方、向き合い方は変わります。

家柄や古くからのしきたりを重んじる能楽の社会は、ある部分では企業社会より縦型で閉ざされた世界かもしれません。

目に見えないしがらみや重圧も大きいだろうと推察できます。しかし武田さんは自身の心の持ち様をしなやかに変えつつ芸を磨き、発信も行うことで能楽師という「仕事」への情熱を抱き続けています。

「何かひとつの仕事を極めたい」と思う人にとって、武田さんの能楽への向き合い方にはヒントがあると話を聞いていて感じました。

田中 翼
国際基督教大学を卒業後、運用会社に勤務。趣味で様々な業界への会社訪問を繰り返す中、その魅力の虜に。同体験を他人にも勧めたいと、仕事旅行社を設立。1万人以上に仕事体験を提供。