朝日新聞2021年7月18日付記事「芸備線『安易に廃線しないで』国交相、JR西にクギ」によると、赤羽一嘉国土交通大臣は7月17日、記録的な大雨の被害を受けた広島県各地を視察した後、三原市で同行記者団のぶら下がり会見に応じた際、「安易に廃線なんていうことはしないでくれ」と発言したという。
この「安易に廃線」という言葉が引っかかった。鉄道事業者からは、「そっちこそ安易なコメントはしないでくれ」と言いたいのではないか。いままで国鉄・JRをはじめ、地方ローカル私鉄から大手私鉄まで、いくつもの事業者が赤字路線の廃止を検討し、実際に廃止してきた。しかし、それぞれの事例で丁寧に経緯を追っていけば、ほとんどの事例で「安易な判断」はなかったと思う。
■想定外の「不用意な発言」だった?
心情的には、本業である鉄道事業からの撤退はどの鉄道事業者にとっても悔しく、苦渋の判断だったはず。「どちらかといえば不動産業」「どちらかといえば金融決済サービス業」「どちらかといえば菓子製造業」などと揶揄(やゆ)される鉄道事業者もある。そうは言っても、事業の基盤は鉄道事業の成功と、利用者、沿線の企業や自治体と築いた信頼関係にあり、鉄道事業者は鉄道の運行に誇りを持っている。廃線は身を切る思いだっただろう。
そして、制度的にも「安易な廃線」はできない。鉄道事業法は、鉄道事業の廃止手順として次のように定めている。
- 廃止希望日の1年前までに国土交通大臣に届け出る
- 国土交通大臣は廃止によって不便を被らないように、関係地方公共団体及び利害関係人の意見を聞く
- 意見を聞いた結果、公衆の利便を阻害するおそれがないと認めるときは当該鉄道事業者に通知する(廃止の許可)
2・3の手順がある限り、「安易な廃線」は国土交通大臣が阻止できる。「安易な廃線」が行われたとすれば、監督官庁と国土交通大臣が「安易な判断」をした結果である。
それだけに、国土交通大臣の「安易なコメント」は残念だが、筆者は国土交通大臣に少し同情する。三原市でのぶら下がり会見は、広島の豪雨被害の視察に関する発言が趣旨であり、赤字ローカル線問題は念頭になかった。おそらくは想定外の質問を投げられ、断片的な情報から感想を漏らしたのではないか。
他紙の報道を読むと、国土交通大臣は三原市の天井川決壊、竹原市の広範囲浸水、街並み保存地区の現状をはじめ、2014年に被災した広島市の土砂被災地も視察したという。県の担当者からパネルを用いた詳細な説明を受けた上で、国の直轄代行工事などの支援を約束した。視察の目的はきちんと果たしているようだ。
つまり、国土交通大臣にとって、芸備線の存廃に関しては事前に説明されておらず、文字通り「不用意な発言」だったといえる。復旧と地方再生に絡めたリップサービスのつもりだったかもしれない。どちらにしても、出てしまった言葉は引っ込められない。
筆者の懸念は、この発言と報道によって、鉄道事業者が廃線を安易にとらえているという誤解が広まってしまうことだ。沿線人口の低下、自動車交通の発達などで、旅客や荷主が鉄道を選ばない環境があって、やむなく廃線を検討せざるをえない。運行本数削減などで需給バランスが崩れたという失策もあるだろう。しかしそれも、ゆとりのあるダイヤや車両数を維持できないという事情がある。
■ローカル線問題を考えるきっかけとして
赤字ローカル線の存廃に関して、いち鉄道ファンとしては賛否に関われない。鉄道路線は第1に沿線地域の交通手段であり、存廃は沿線の人々と鉄道の関係による。第2に国にとって必要か否かである。国策として必要であれば残す。不要であれば関与しない。
芸備線で最も存廃が心配されている区間は東城~備後落合間で、2019年度の平均通過人員は11人/日。年平均で1日1kmあたり11人しか乗っていない。次に備中神代~東城間で、平均通過人員は81人/日。7倍以上も乗っていると安堵してはいけない。国鉄再建法で「バス転換が適当」とされた平均通過人員は4,000人/日未満、JR北海道の赤字路線整理問題では平均通過人員200人/日未満が廃止の目安になっていた。芸備線の備中神代~備後落合はその半分以下となっている。
筆者は2016年の7月と11月、芸備線の備中神代~備後落合間で普通列車に乗った。7月は平日夕方の備後落合発の列車に乗り、乗客は筆者の他に数名。このときは三次方面からの接続列車が大雨で運休していたため、いつもより少なめだったかもしれない。11月は平日の最終列車に乗り、乗客は筆者しかいなかった。筆者がいなければゼロだ。最も混む時間帯は朝の通学時間帯と推察するが、平均通過人員11人/日となると予測はつく。この数字で、沿線の人々に鉄道が必要とされているといえるだろうか。
今年5月28日に閣議決定された第2次交通政策基本計画では、「地域が自らデザインする、持続可能で、多様かつ質の高いモビリティの実現」を目標としており、はたして乗客数の極端に少ない鉄道路線が「持続可能」といえるか精査されるだろう。地域の金銭的支援を必要とするなら、それを鉄道に使うか、もっと多くの人々が日常的に利用出来る小型モビリティや自家用車輸送制度の整備に振り向けるか、どちらが持続的か。
では、国にとって芸備線は必要だろうか。ここでまた、国土交通大臣の「将来的に(利用客数が)復活する可能性も追求して地方創生をやっている」と「少子高齢化、人口減少の中でどう維持するか。鉄道会社にすべて任せて良いのか。根本的な議論もしなくてはならない」という発言が効いてくる。
「国の地方創生政策にとって鉄道が必要」というなら、鉄道の維持費は国が負担すべきだろう。「鉄道会社にすべて任せて良いのか」という根本的議論は、公営化、第三セクター化による維持も検討に値すると受け取れる。
しかし残念ながら、国が主導となって地方鉄道を維持する政策はできない。理由は簡単で、予算がないからだ。令和3年度の政府予算約106兆円のうち、社会インフラの整備維持に必要な公共事業費は約6兆円で、5.7%である。この約6兆円の中で、国土交通省の鉄道局に割り当てられた予算は約1,051億円。このうち新幹線関連が804億円で、残りは約204億円。この約204億円の半分が神奈川東部方面線の整備(約116億円)に割かれており、残りの予算項目を見ても地方ローカル線の維持支援に関する項目が見当たらない。
では、国土交通大臣の言う「地方創生をやっている」の根拠はどこかというと、内閣官房の「地方創生予算」だ。「総合戦略を踏まえた政府全体の施策」の「4 ひとが集う、安心して暮らすことができる魅力的な地域をつくる」に総額4,133億円が計上されており、このうち約206億円が「地域公共交通確保維持改善事業」として国土交通省へ割り当てられた。もちろんこれをすべて鉄道に割り当てられない。
国土交通省が鉄道事業者について「安易な廃線はさせない」「鉄道会社にすべて任せて良いのか。根本的な議論をする」というなら、この予算では足りない。国土交通大臣には、鉄道を含めた地方交通の諸問題や支援を実施するために、もっと予算をぶんどっていただきたい。頑張ってください。