7月15日、「交通政策審議会陸上交通分科会鉄道部会」は「東京圏における今後の地下鉄ネットワークのあり方等について」小委員会を開催し、国土交通大臣に答申した。国土交通大臣からの諮問第371号に対する答申第371号である。この中で、懸案だった地下鉄構想3路線の事業方針と東京メトロ上場方針が示された。「新路線計画の前進」「地下鉄一元化の後退」という報道が多い。ただし、どちらも課題が多く、慎重なかじ取りが必要になる。

  • 東京8号線は東京メトロ有楽町線の延伸区間ととらえられている(地理院地図を加工)

答申の要旨をまとめると以下の通り。

  • 東京8号線の延伸(豊洲~住吉)は東京メトロに事業主体の役割を求めるのが適切
  • 都心部・品川地下鉄構想については東京メトロに事業主体の役割を求めるのが適切
  • 東京メトロは新路線建設をしない方針だから、十分な公的支援で方針転換を求める
  • 東京メトロの完全民営化は新路線事業主体と一体不可分とする
  • 新路線の整備中は、国と東京都は東京メトロ株の1/2を保有することが適切
  • 東京メトロ株の株式は、国と東京都が同時・同率で売却することが適切

江東区は区内中央を南北に貫く地下鉄を切望していた。この路線は東西方向の鉄道を結ぶ「タテ糸」になることから、各路線の混雑解消にも貢献する。その効果を国の諮問機関、都市交通審議会も認めた。1972(昭和47)年の答申第15号では、東京の地下鉄網と郊外の私鉄の直通運転を念頭に置き、1号線から13号線までの路線が「1985年までに」整備すべきと示された。

8号線についても、現在の東京メトロ有楽町線と西武有楽町線のルートが示され、京葉線と連絡するほか、豊洲~亀有間の支線が示されていた。このうち、豊洲~亀有間はずっと後回し状態にあった。その後も江東区など沿線自治体が実現に向けて調査検討を続けている。江東区は建設資金の積み立ても始めており、2010(平成22)年度から2021(令和3)年度まで90億円に達した。建設敷金の総額には及ばないとはいえ、江東区の「本気度」を示す数字といえる。

江東区のアピールは続き、運輸省時代の運輸政策審議会、国土交通省の交通政策審議会では重要路線の常連となっている。しかし、東京メトロは発足時に「13号線(副都心線)を最後に新路線建設はしない」という方針を掲げた。そこで江東区は、上下分離で東京メトロは営業のみ実施するなどの提案も行っていた。

東京都も計画を後押しするため、2018年に「東京都鉄道新線建設等準備基金」を創設した。多摩モノレールや羽田空港アクセス線など6路線の整備のために積み立てる。この中に当路線も含まれている。

交通政策審議会答申第371号「東京圏における今後の地下鉄ネットワークのあり方等について」では、「東京メトロに事業主体としての役割を求めることが適切」と明記した。審議会に政策決定権はないから、国土交通大臣に「東京メトロに事業主体になれと言いなさいよ」とアドバイスしたという意味だ。東京メトロは新線建設をしない方針とはいえ、国は東京メトロの過半数、53.4%を持つ株主であり、株主提案する資格はある。

この発表を受けて、江東区はさっそく関連サイトを更新し、区長のコメントを発表した。江東区にとっては最大のチャンスが訪れた。

  • 都心部・品川地下鉄構想は品川駅周辺開発に合わせて構想された。ルート案は2つ(地理院地図を加工)

都心部・品川地下鉄構想は東京都の構想だ。品川駅にリニア中央新幹線の駅が決定し、高輪ゲートウェイ駅周辺開発計画も進捗した。しかしこのエリアは東海道線、山手線、京浜東北線、都営浅草線など南北方向の鉄道はあっても、都心部と直結する鉄道がない。そこで白金高輪駅と品川駅を結び、東京メトロ南北線を直通させて、六本木一丁目駅(六本木・赤坂)、永田町駅、市ヶ谷駅などからの最短ルートとする。あるいは都営三田線も視野に入れると、大手町駅からも直接つながる。

この構想は交通政策審議会答申198号「東京圏における今後の都市鉄道のあり方について」において、「国際競争力の強化に資する鉄道ネットワークプロジェクト」とされた。国策としても重要な路線である。答申第371号でも、「東京メトロに事業主体としての役割を求めることが適切」と示された。こちらも東京メトロの新線建設凍結方針が立ちはだかる。しかし、東京都もまた、東京メトロの約半数、46.6%を持つ株主であり、株主提案の資格がある。東京都交通局が作ればいいとも思うが、審議会は東京メトロを選んだ。南北線の直通を念頭に置いたものだろう。

  • 都心部・臨海地域地下鉄構想に東京メトロの関心は薄い(地理院地図を加工)

都心部・臨海地域地下鉄構想は中央区などの構想だ。つくばエクスプレスの秋葉原駅を東京駅付近に延伸し、そのまま臨海部へ転進して築地・勝どき・晴海・豊洲・有明に向かう。中央区の埋立地を串刺しにする路線となる。こちらも交通政策審議会答申198号で「国際競争力の強化に資する鉄道ネットワークプロジェクト」と位置づけられた。

しかし、事業性に課題があり、検討熟度が低いと評価されていた。答申第371号では臨海部周辺の将来像について考察され、答申198号時点に比べて、夜間人口は約2倍、従業人口は約4倍の開発が想定されていると評価した。ただし、建設コスト試算など具体的な調査結果がなく、東京メトロ側も「自社既存路線網との関連性が薄い」と評価しているため、答申第371号は「検討の深度化を図るべき」と記載するにとどめた。

つくばエクスプレスは第2常磐線計画として始まっており、東京駅起点の計画だった。国鉄(当時)との直通も念頭に置いて狭軌とし、都心部を直流電化とした経緯もある。ただし、事業計画では輸送量の見込みが低く、東京~秋葉原間については建設を見送り、その予算を経営安定化のために留保した。しかし沿線自治体との連携が成功し、近年の新規開業路線としてはまれに見る輸送量で好業績となった。したがって、東京駅まではつくばエクスプレスによる建設が筋だ。そこから臨海部までは東京メトロ有楽町線と競合するから、東京メトロとしては関与したくないだろう。

■進展のきっかけは「東日本大震災復興財源」

東京の地下鉄についての大きな課題は2つある。

  • 東京メトロ(東京地下鉄)の完全民営化
  • 東京メトロと東京都交通局地下鉄部門の一元化

路線の新設・延伸については、2016(平成28)年に交通政策審議会が「東京圏における今後の都市鉄道のあり方について」で以下の通り答申している。

  • 東京8号線の延伸 (豊洲~住吉)
  • 都心部・品川地下鉄構想
  • 都心部・臨海地域地下鉄構想
  • 都心直結線 (押上~新東京~泉岳寺)
  • 大江戸線の延伸 (光が丘~東所沢)
  • 東京8号線の延伸 (押上~野田市)
  • 東京11号線の延伸 (押上~松戸)
  • 区部周辺部環状公共交通の新設 (葛西臨海公園~赤羽~田園調布)

答申371号の「東京圏における今後の地下鉄ネットワークのあり方等について」というタイトルであれば、これらすべての課題を検証すると思うだろう。しかし今回は「東京メトロの完全民営化」「東京8号線の延伸(豊洲~住吉)」「都心部・品川地下鉄構想」「都心部・臨海地域地下鉄構想」の4項目にとどまっている。

「東京メトロと東京都交通局地下鉄部門の一元化」についても、承前としての紹介にとどまった。この課題については、2014(平成26)年の「第2回 東京の地下鉄の運営改革会議」にて「サービスの改善・一体化」「運営の連携」が確認された段階で終わっており、経営統合には踏み込んでいない。今回の答申で進展していないことから、当時の確認事項が追認された格好だ。

「東京圏における」というテーマながら、検討路線が少ない理由は、国土交通大臣の諮問内容が「地下鉄ネットワークの整備」というより、「国が東京メトロの株式を売らないといけない。その影響を検討してほしい」を主題としていたからだ。

国が東京メトロ株を売る理由は、売却益を東日本大震災の復興財源とするため。これは国土交通大臣から交通政策審議会への諮問文(諮問第371号)に明記されている。要約すると、「2011(平成23)年の特別措置法によって、東日本大震災の復興財源として、国は東京メトロ株を売却することになっている。2020(令和2)年の復興庁設置法改正で、売却期限は2027年度末になった。東京メトロの役割に沿った売却のあり方を検討してほしい」となる。COVID-19で生活様式の動向が不透明な時期に、新路線事業の決断は時期尚早ではないかと思う。しかし、復興財源となる東京メトロ株売却は先送りできない。

現在、東京メトロに対して国は筆頭株主として大きな影響力を持っている。しかし、国が東京メトロ株を売却すれば影響力は下がり、国の交通政策を反映しにくくなる。東京都は都営地下鉄と東京メトロを統合し、経営を一元化したいと考えていた。国の発言力を下げ、一時的であっても東京都の発言力が突出する状態は好ましくない。それが答申371号において「新路線の整備中は、国と東京都は東京メトロ株の1/2を保有することが適切」と「東京メトロ株の株式は、国と東京都が同時・同率で売却することが適切」と示された理由になっている。

答申第371号は、いままで動きのなかった「8号線延伸」と「品川地下鉄」のコマを動かした。ただし、国や都の東京メトロ株の売却は、新路線建設に対する発言力を弱めてしまう。今後は、新路線建設を凍結した東京メトロに承諾してもらうため、どれだけの公的支援を提案できるかという課題が生まれた。

交通政策審議会が検討した3路線は、どれも社会資本として有用である。費用便益比は東京8号線(有楽町線)の延伸で2.0~2.1、都心部・品川地下鉄構想で1.2と、国の支援の指標となる1.0を超えている。しかし、地下鉄が開通して経済効果があっても、肝心の地下鉄が赤字では手を挙げられない。巨額な事業費に対する見返りが東京メトロにあるだろうか。黒字の東京メトロへの公的支援がどこまでできるか、国会や都議会での議論にも注目したい。