4月30日、埼玉高速鉄道の延伸計画について、埼玉県知事とさいたま市長が延伸に取り組むことで合意した。延伸区間は浦和美園駅から岩槻駅までの約7.2km。途中に埼玉スタジアム駅ともうひとつの中間駅を設置する構想で、延伸区間の所要時間は約7分となっている。実現すれば、岩槻駅をはじめ東武アーバンパークライン(野田線)沿線から都心方面への利用者や、埼玉スタジアム2002へのイベント利用者が乗客として期待できるという。埼玉県内の交通問題として、JR線・東武線の混雑緩和も視野に入れている。

  • 埼玉高速鉄道の延伸計画。岩槻~蓮田間の延伸構想もある(地理院地図を加工)

埼玉高速鉄道は、東京メトロ南北線の赤羽岩淵駅から北へ向かい、浦和美園駅に至る路線(愛称「埼玉スタジアム線」)を運営している。1972(昭和47)年の「都市交通審議会答申第15号」にて、東京都市高速鉄道7号線として「目黒~永田町~市ヶ谷~王子~岩渕町~川口市中央部~浦和市東部(現・さいたま市緑区)」が答申された。このうち目黒~赤羽岩淵間が東京メトロ南北線として開業している。埼玉県内方面は1985(昭和60)年の「運輸政策審議会答申第7号」で東川口駅経由に変更され、埼玉高速鉄道として開業した。

今回、延伸構想が進展した区間は、2000(平成12)年の運輸政策審議会答申第18号において、「浦和美園~岩槻~蓮田間を2015年までの開業が適当」と答申されていた。その期限が過ぎた後、2016(平成28)年の交通政策審議会答申第198号では、引き続き「地域の成長に応じた鉄道ネットワークの充実に資するプロジェクト」としてリスト入りしている。

いわば国のお墨付きプロジェクトとなっていたわけで、埼玉県は2011(平成23)年に「地下鉄7号線延伸検討委員会」を設置し、2014(平成26)年に「地下鉄7号線延伸検討会議」へ引き継ぎ、2017(平成29)年にさいたま市が「地下鉄7号線(埼玉高速鉄道線)延伸協議会」を設置して調査、検討を進めてきた。報告書では、埼玉スタジアム駅と中間駅を高架、岩槻駅付近1.6kmを地下区間とし、地上区間の最高速度を100km/h、地下区間の最高速度を90km/hとしている。

延伸区間の運行本数はピーク時に1時間あたり8本、オフピーク時に1時間あたり5本。なお、駅構造に関して、埼玉スタジアム駅は折返しホームを設けた2面3線としている。イベント開催時に浦和美園駅止まり、鳩ヶ谷駅止まりとなっている列車を延伸したり、増発したりといった運用を想定しているようだ。後述する費用便益計算では、オフピーク時に1時間あたり2本の快速列車を増便する構想もある。追越し設備はないので、所要時間が短縮されるだけだろう。

■次の手順は「費用便益比」の精査

2019年の埼玉県知事選挙で当選した大野元裕氏は、選挙公約で交通施策「あと数マイルプロジェクト」を掲げていた。東京と結ぶ鉄道を埼玉県内へ延伸し、幹線道路の整備と合わせて、これらを主軸とした公共交通体系を作る。この公約の下、鉄道については2020年に「公共交通の利便性向上検討会議」を設置した。5回にわたる検討会議の報告書が3月26日、埼玉県知事へ報告された。

4月23日には、「さいたま市地下鉄7号線延伸認可申請事業化実現期成会」と「さいたま商工会議所」が主催する意見交換会が開催され、埼玉県知事、さいたま市長も出席した。4月30日の埼玉県知事とさいたま市長の意見交換会は約15分と短かったものの、ここまでの経緯があってこそ、双方の意思の確認という意味合いが強かったようだ。一部メディアでは、「機は熟した」と評されている。

日本経済新聞電子版4月30日付「知事とさいたま市長、埼玉高速鉄道延伸で会談」によると、「鉄道事業者が延伸を国に申請する際は、事前に地元自治体が事業者に事業化を要請する手続きが必要」だという。つまり、埼玉県やさいたま市が埼玉高速鉄道に延伸を要請し、埼玉高速鉄道が国に許可を申請するという手順になる。もっとも、埼玉高速鉄道は埼玉県が筆頭株主の第三セクター鉄道会社で、埼玉県知事の大野元裕氏は同社の取締役会長という立場にある。後述する諸条件が整えば、問題なく進捗するはずだ。

産経新聞電子版5月6日付「埼玉高速鉄道、『岩槻延伸構想』が加速 県・さいたま市が会議体」によると、この合意を受けて、埼玉県県企画財政部長とさいたま市都市戦略本部長を中心とした部局長会議を設置し、課題に向けて議論を進めていくとのこと。

毎日新聞電子版4月20日付「埼玉高速鉄道、延伸すれば 中核都市へのアクセス改善 教育環境が向上 有識者会議が報告書 / 埼玉」によると、「延伸の整備費860億円は、国、自治体、国土交通省所管の独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構で3分の1ずつ負担する」という枠組みを想定しており、埼玉高速鉄道は整備費を負担せず、施設使用料を支払って運行する枠組みのようだ。しかし同記事において、埼玉高速鉄道の犬飼典久常務は整備費の分担について、「積極的に協力したい」と話したという。

ここでいう「部局長会議」の検討課題は、「国の支援を受けるための施策」である。鉄道路線建設の許可を得るためには、鉄道事業の採算性を確保する必要がある。都市鉄道等利便増進法の補助を受けるためにも、便益比(費用対効果)を精査する必要がある。便益比とは鉄道事業がもたらす社会的な利益(便益)と費用の比較だ。

鉄道の収益に加えて、利用者が所要時間短縮などで得る時間、マイカー利用から鉄道利用に移行することで渋滞や事故、CO2が削減するなどの社会的コストの削減分などが便益となる。この便益を鉄道建設、維持費などの費用で割った数字が便益比となる。便益比が1を下回る場合、その鉄道事業は社会的に利益がないと見なされ、国から事業者への支援策は得られない。

2018年の調査では、沿線開発などを実施しない場合、沿線開発を実施した場合のどちらも便益比は1以下となった。沿線開発を実施した上で、埼玉スタジアム駅を臨時駅ではなく常設駅とした場合、30年では0.8、50年では1.0になる。沿線開発した上で、列車の快速運転で所要時間を短縮した場合、30年で1を超え、50年で1.22となった。

ただし、これらの数値はCOVID-19発生前だ。通勤輸送の変化、落ち込んだ景気、建設費の高騰などを含めた精査も必要となる。

■さいたま市長選で「お墨付き」を得られるか

埼玉高速鉄道の延伸は、鉄道空白地帯の人口増を期待させる。知事や市長には、つくばエクスプレス開通による人口増加、鉄道収益を見習いたいという意向もありそうだ。東武アーバンパークライン(野田線)方面からも、埼玉スタジアム2002に行く人にとっても便利だし、鉄道ファンにとっても楽しみだが、巨額な費用負担を疑問視する意見もある。

その審判は早々に決着するかもしれない。さいたま市長選挙が5月9日に告示され、5月23日に投開票を迎えるからだ。現職のさいたま市長、清水勇人氏は建設推進の立場で4選をめざす。対立候補の前島秀夫氏は、埼玉高速鉄道を名指ししていないようだが、自身の公式サイトで「巨大開発計画を市民目線で再検討し、中止・延期も含めて計画の見直しをはかる」と明記している。

新聞報道の中には、「埼玉高速鉄道延伸が争点」とはっきり論じる向きもある。現職の清水氏が当選すれば、市民が延伸にお墨付きを与えたと見なせる。前島氏が当選すれば、費用について厳しく精査され、計画延期となるかもしれない。宇都宮市長選挙も芳賀・宇都宮LRTが争点であり、推進派の現職市長が当選した直後に建設費の大幅増が発覚し、議会の追求を受けている。

いずれにしても、さいたま市民が判断することだ。選挙結果に注目したい。