京王電鉄は4月14日、「リクライニング機構付きロング/クロスシート転換座席」を搭載した5000系新造車両を2022年下期に導入すると発表した。その翌日、4月15日には、京急電鉄が自動回転式シート(L/C腰掛)を採用し、トイレも備えた1000形新造車両の報道公開を行った。
両者の共通点として、「有料で座れる通勤電車」にワンランク上のサービスを提供することが挙げられる。しかしそれだけではなく、通勤以外の用途も見込んでいるようだ。
■ロングシートとクロスシート、それぞれの利点は
多くの通勤電車で採用されるベンチのような横長の座席は「ロングシート」と呼ばれる。これに対し、進行方向に対して前向き、あるいは後ろ向きの座席を「クロスシート」と呼ぶ。「クロス」は「交差」を意味し、座席が進行方向やレールに対して直角に交差する配置となることから、この名称が用いられる。
ロングシートの利点として、通路を広く取るため、扉から離れた場所にいる乗客も乗降りしやすい。立って乗る人を増やすことで、1両あたりの定員も増やせる。一方、クロスシートの利点は着席時の乗り心地の良さ。そもそも人間にとって、列車の進行方向を向いた座席が適している。単純な理由で、人はカニのように横方向に歩く場面がほとんどなく、進行方向に対して前向きに歩くからだ。ロングシートに座ると横方向に荷重が移動するため、個人的には小さなストレスになると思う。
まとめると、クロスシートは人が移動するための本来の姿勢であり、ロングシートは乗降性と定員を重視した通勤事情による「妥協の産物」である。新幹線や特急列車をはじめ、運賃以外の料金を必要とする列車のほとんどがクロスシートを採用している。クロスシートのほうが快適、というより自然の姿勢だからである。
ロング・クロス転換座席は、利用する場面によってロングシートとクロスシートを切り替えるしくみで、開発の歴史は古く、国鉄時代までさかのぼる。ただし、本格的に採用した鉄道事業者は近鉄(近畿日本鉄道)だった。広大な路線網を持つ近鉄は長距離運行の列車が多く、おもにクロスシートの車両が使われていた。しかし、とくに大阪近郊の路線において、通勤時間帯などの乗降性に難があり、ロングシートの車両を導入したい。
そこで近鉄は1996(平成8)年、2610系を改造し、ロング・クロス転換座席を試験的に運用した。その成果を受けて、翌年から他の2610系も座席を改造していった。近鉄はロング・クロス転換座席を備えた車両に「L/Cカー」の愛称を設定。「L」はロングシート、「C」はクロスシートを意味する。1997年以降、「L/Cカー」仕様の新造車両5800系も登場しており、長距離運行する列車に導入されている。トイレ付きの車両もある。
この「L/Cカー」という短い愛称が一般化していたなら、筆者にとっても書きやすく、読者も読みやすいだろう。ところが、他社は近鉄に遠慮したのか、使ってくれない(笑)。
関東では、「有料で座れる通勤電車」にロング・クロス転換座席の採用例が多く、沿線価値の向上に役立っている。運賃以外の料金を余分に取るからには、自然な移動方向、つまりクロスシートを提供すべきと理解しているからだろう。呼び名は鉄道事業者によって異なり、京王電鉄の報道資料では「ロング/クロスシート転換座席」、東武鉄道は「マルチシート」、東急電鉄と西武鉄道は「ロング・クロスシート転換車両」である。京急電鉄の場合、「ロングシート・クロスシート切替可能な座席」または「自動回転式シート(L/C腰掛)」と表記している。近畿日本鉄道の「L/Cカー」を意識しているようだ。
■関東のロング・クロス転換座席、次の展開は
ロングシート・クロスシートの話題になると、関西・関東の環境の違いがわかる。関西では新快速などに代表されるように、長距離運行の列車はクロスシートが当然という印象がある。関東では長距離運行の列車もロングシートが当たり前で、クロスシートは付加価値とみなされ、対価をいただく。この話は文化論にまで進みそうだから、ここまでにしておこう。関東ではクロスシートの「有料で座れる通勤電車」が普及している。ここが重要だ。
京王電鉄が導入する5000系新造車両の「リクライニング機構付きロング/クロスシート転換座席」、京急電鉄が新造した1000形20次車(1890番代)のトイレ付き「自動回転式シート(L/C腰掛)」は、関東エリアにおける「有料で座れる通勤電車」の延長線上にある。それともうひとつ、観光・イベント用車両としての活路も共通点にあるようだ。
京王電鉄は報道資料の中で、「座席指定列車やイベント列車などのクロスシート時に座席のリクライニング機能が利用できる」と記載しており、イベント列車での利用を視野に入れている。同社は観光シーズンの週末、高尾山への観光客向けに座席指定列車「Mt.TAKAO号」を運行しており、5000系をクロスシートで使用している。
現在、京王電鉄の5000系は6編成あり、新造車両を加えると7編成となる。「京王ライナー」は平日・土休日ともに運転され、平日は朝に上り9本、夕夜間に下り15本を設定している。5000系に限定されるとしても、ローテーションで運用されるだろうから、リクライニング機構付きの新造車両に乗れたら「当たり」だろう。休日の「Mt.TAKAO号」は下り2本、上り3本を運転しており、新造車両の導入後も本数が維持されれば、それだけ「当たり」に乗りやすくなる。
ひょっとしたら、いずれか1往復をリクライニング機構付きの編成に固定し、プラス100円くらいの料金アップを見込むかもしれない。余分にコストがかかるだけに、料金施策が変わってもおかしくない。仮にもし、既存の5000系もリクライニング機構付きの座席に交換するとなれば、京王電鉄のサービス向上に対する本気度も見えてくる。今後の動向に注目したい。
京急電鉄の1000形新造車両については、3月25日の報道資料で「貸切イベント列車をリニューアルする」と発表されている。同社は2017年10月から貸切イベント列車を販売してきたが、過去に販売された貸切イベント列車は都度の見積だった。それをメニュー化し、販売しやすくした。
従来のメニューは、祝日を除く土日に「品川駅9時頃発⇒三浦海岸駅10時頃着 ※往路のみ」「品川駅9時頃発⇒浦賀駅10時頃着 ※往路のみ」「京急川崎駅18時頃発⇒京急川崎駅20時頃着 ※大師線を2往復」の3パターンを設定。参加人数に応じて4両・6両・8両で運行し、利用料金は53万円(4両編成・120名まで)からとなっていた。
新メニューは三浦半島方面を統合して「品川駅~三浦海岸駅or三崎口駅or浦賀駅(往路のみ)」とし、料金を共通化。大師線2往復プランでは、京急川崎駅1番線ホームに固定配置することが追加された。さらに新コースとして、「品川駅~京急蒲田駅(京急川崎駅折り返し)2往復+京急蒲田駅2・5番線ホーム使用」が加わっている。料金は従来のイベント列車である「イベント・旅行のお手伝いプラン」が53万9,000円(大師線2往復 / 4両編成・120名まで)からとなった。
販売内容のリニューアルにともない、新たに「広告プロモーションプラン」も加わり、93万5,000円(大師線2往復 / 4両編成・120名まで)から販売される。「広告ブローモーションプラン」では、購入特典として京急電鉄の全車両(約800両)に掲出する中吊り広告1期分サービスを提供する。なお、どちらのプランも4両編成・8両編成のみ設定され、6両編成のメニューは廃止された。
京急電鉄の貸切イベント列車は好評だったが、唯一の問題がトイレだった。品川駅から三浦海岸方面は長時間となるため、居酒屋列車やビール列車などで飲食物を提供すれば、トイレに行きたい人も増える。しかしダイヤの都合上、トイレ休憩の長時間停車は設定しにくい。大師線往復プランは短距離だから京急川崎駅を使えるものの、トイレ休憩を考慮すれば運行に制限があるし、終点の小島新田駅は多機能トイレ1室しかない。
トイレを備えた1000形新造車両の誕生は、「有料で座れる通勤電車」のサービス向上だけでなく、「貸切イベント列車をもっと販売するなら、車両にトイレの設置が必要」という判断もあったのではないかと思われる。
京王電鉄も京急電鉄も、新造車両の真の目的はイベント列車にあると考えられる。その結果、「有料で座れる通勤電車」のサービスも向上するというわけだ。