JR東海が建設するリニア中央新幹線について、静岡県知事が反発している。問題の焦点は大井川上流の水源の保証と環境対策だ。静岡県側はJR東海に対策の詳細を求めた。しかしJR東海は無回答のまま、「(静岡県内ほか)未着工の状態が続けば開業の時期に影響を及ぼしかねない」と発言した。

  • リニア中央新幹線は静岡県北部の11kmを通過する。国土地理院地図を加工(画像:マイナビニュース)

    リニア中央新幹線は静岡県北部の11kmを通過する。駅はできない(国土地理院地図を加工)

静岡県知事は定例会見で「JR東海は無礼」と批判し、「代償措置として金銭補償を求める」と発言した。これに対し、JR東海は「静岡県の要望には応じない」と反発。このままだと、静岡県内の約11kmの区間は着工できず、2027年に予定される品川~名古屋間開業に間に合わなくなる。

リニア中央新幹線の静岡県内におけるトンネルは、大井川水系の水源地帯を通る。トンネルの湧水によって、大井川の水量は最大で毎秒2トンの減少が予測されている。大井川は流域の約60万人が生活用水として利用しており、農業や工業用水としても重要だ。この地域の名産となっている川根茶も大井川の水の恵みによって作られる。静岡県の人口は約364万人だから、約60万人といえば6人に1人が影響を受けることになる。これが大井川水利問題の発端となった。

JR東海は当初、「水量が減った分は戻す」との見解を示した。ただし、トンネル内の水を導水路で戻すとしても、全量にはならない。これに静岡県が納得しなかった。2017年8月、静岡県はトンネル工事許可の条件として、「湧き水の全量すべて戻すこと」を求めた。2018年10月、JR東海は「全量を戻す」と約束。しかし、どのように戻すかという具体的な方策については先送りした。

静岡県側は口約束だけでなく、水量回復の具体的な方法について回答を求めている。しかし、JR東海は回答しない。こういう状況の中で、5月30日にJR東海社長は「この状態が続けば開業の時期に影響を及ぼしかねないと心配している」と発言した。静岡県としては、「このままの状態にしているのは水利問題に解答しないJR東海だ」という感情だろう。それをあたかも「静岡県のせいで開業が遅れる」などと発言し、報じられては心外だ。これが6月11日の静岡県知事「JR東海は無礼千万」発言につながった。

こうなると話は単純で、JR東海が「大井川水系の水量回復」について具体的な方法を示せば良いのではないかと思われる。しかし、6月6日に静岡県がJR東海に提出した「中央新幹線建設工事における大井川水系の水資源の確保及び水質の保全等に関する中間意見書」を読むと、その要求はかなり高度で難しい。「水量」「水質」「発生土対策」「監視体制」の4分類25細目にわたる。

たとえば水温の問題。ただ水を戻すだけでは水温が下がり、生態系に影響を与えるため、いったん空気にさらして温度調整する必要がある。夏と冬、昼と夜の温度変化にどう対応するつもりか、と意見書では質している。その他、大井川だけでなく、地下水についても調査予測と井戸枯れの補償を求めている。「井戸の所有者に申告を求める方法ではなく、JR東海が実施すべき」という趣旨の記述もある。

南アルプスはユネスコエコパークに認定されており、その生態系の保全について水域生態系と陸域生態系の食物連鎖について季節ごとに整理し、希少種に限らず対策する必要があるという。しかし、ここまで来ると「やってみなければわからない」というレベルで、鉄道事業者であるJR東海の力量を超えるのではないか。これを突きつけられても、「どうすりゃいいんだ」という内容だろう。

しかし、静岡県を納得させるためには、第三者の力を借りてでも、ひとつずつ問題を解決していく必要がある。そうしなければトンネルを掘れない。

この問題は静岡県と周辺自治体の関係にも影響を及ぼしている。6月5日に開催された中部圏知事会議で、静岡県知事は「静岡県には駅がないから、リニア中央新幹線に利点はない」と言い切り、知事会議として国に提出する提言案の修正を求めた。また、リニア中央新幹線建設促進期成同盟会の加入を求めた。静岡県知事はその真意を「静岡県の主張を説明し理解していただくため」とし、「同盟会に静岡県を入れないということであればルートから外してほしい」との考えを示す。

これに対し、6月6日のリニア中央新幹線建設促進期成同盟会総会では、静岡県の加入を保留。「リニア中央新幹線の早期全線整備に向けて(中略)一致協力して強力な運動を展開する」と決議した。参加自治体のうち、愛知県知事は6月10日の定例記者会見で、早期着工に向けて国が調整に乗り出すべきとの考えを示している。6月17日の記者会見では、「(静岡県は)科学的論拠に基づいて協議してほしい」と牽制した。

静岡朝日テレビの報道によると、国土交通大臣は6月14日朝、「国交省としても必要な調整や協力をしたい」と語り、これを受けて静岡県知事も国の調整を歓迎する意向とした。「(リニアの駅ができる自治体には)高い期待があると思う。そこに及ぶであろう同じ地域振興のための調整をしてほしい」という。

JR東海はリニア中央新幹線の駅ができる自治体に対し、駅の建設費用約800億円を負担する。静岡県知事は同じ程度の支援を静岡県にも実施するように求めている。ここで少し話がややこしくなってくる。地域振興と水利の話がすり替わっているからだ。これに対し、JR東海は「リニア中央新幹線が開通すれば、東海道新幹線の『ひかり』『こだま』の運行本数を増やせるため、静岡県にもメリットがある」と主張する。

  • 東海道新幹線は「ひかり」「こだま」が静岡県内の駅に停車。「のぞみ」は県内の全駅を通過する

静岡県はJR東海に対して、2002年の「『のぞみ』を静岡駅に停めないなら税金をかける」発言や、1980年代から続く「静岡空港付近の東海道新幹線トンネルに駅を設置してほしい」など、過去にいくつか因縁がある。どちらもJR東海は応じていない。ただし、これらは静岡県の地域振興策であった。今回の大井川水利問題は環境問題であり、同列には語れない。

静岡県の言う「地域振興策」は水利対策であり、800億円の要求は「水利対策費用として他県の駅設置と同じ水準の費用負担をすべきだ」が真意ではなかろうか。いずれにしても、リニア中央新幹線開業を待つ鉄道ファンとしては早期決着を望みたい。