シベリア鉄道からヨーロッパ国際特急へ。男は冒険のつもりで旅に出た。乗継ぎの街で、彼に先行して自殺志願の日本人女性が旅していると知る。男は旅の目的を変え、彼女を追う。生き続けてほしい。絶望を希望に変えたい。なぜなら、彼の娘も自殺していたから……。

シベリア鉄道からリスボンへの旅とサスペンス(写真はイメージ)

大崎善生氏が著した『ユーラシアの双子』は、サスペンス仕立ての紀行文学だ。いや、紀行文学風のサスペンス小説ともいえる。実際の旅の様子を紀行文学風に描き写しつつ、魅力的な登場人物をキャスティングして物語を盛り上げる。現実と空想の融合だ。文庫版の上下巻分冊、各巻約400ページの物語。主人公の旅の行方が気になって、先へ先へと読み進めた。まるで強力な機関車に引っ張られたように、物語に引き込まれた。

早期退職で得た自由を満喫する旅だった

長女と死別し、妻とも離婚。家族を養うためにと25年間勤めた会社を、満50歳で早期退職し、割増しの退職金を得た。つまり、主人公の石井隆平は気ままなひとり暮らしの身であった。失業給付金のため、ハローワークで求職のポーズ。しかし、そこで小さな旅行会社の求人票を見つける。その会社はシベリア鉄道の旅を扱っていた。石井は働く場所ではなく、もっと休んで「放浪の旅をする」というアイデアを得る。

東京から列車で富山へ。富山港から船でウラジオストックへ。その船中で、石井は前沢という相棒を得る。そして2人は、港のカフェのウェイトレスから、絶望に打ちひしがれた日本人女性、エリカの話を聞く。彼らが座った席でひとり泣いていたという。「長い旅に出て、地の果てで海に落ちる」と言っていた。つまり死のうとしていた。ウェイトレスに「助けてあげて」と写真を見せられた。石井は心を動かされる。そこに映っていた女は、5年前に自殺した娘によく似ていたからだ。

エリカも同じ旅行会社のツアーで、たぶん出発日が少し早い。連絡をしようにも、旅行者は個人情報保護を理由に宿泊先を教えてくれない。石井と前沢は、エリカの後を追いつつ、旅する先々で手がかりを探す。出会った人の誰もが石井に言う。あの子は本当に死ぬかもしれない。助けてあげてほしい、と。

シベリア鉄道からヨーロッパ国際特急を乗り継ぐ。ユーラシア大陸横断の列車旅だ。はたして石井たちはエリカに会えるか? そして、なぜエリカを救おうとしているか、なぜシベリア鉄道に乗ろうと思ったか……? 石井自身が気づかなかった理由も少しずつ明かされる。『ユーラシアの双子』というタイトルの意味も。

終着駅はどこか? そこで待っているのは希望か絶望か? 紀行文学として現実感にあふれているから、予定調和な結末ではないかもしれない。そんな気持ちで読み進め、ラストシーンで涙が出た。その理由を知りたいなら、ぜひ読んでみてほしい。同じ涙を流せるだろうから。

ウラジオストックからリスボンへの列車旅

シベリア鉄道の旅はこれまで、数多くの紀行作家や旅行ライターが紹介している。しかし、ユーラシア大陸横断ともなると事例が少ない。当連載第23回で、『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア大陸横断2万キロ』を紹介したけれど、これは南回りのアジアの旅だった。『ユーラシアの双子』と合わせて読み、著者や構成の違いによって、紀行文学がどれほど個性的で楽しいか、読み比べるのも面白い。

同書では鉄道の旅を主軸に置いている。著者の取材体験を元にしているから、旅をするという意味では、どんな鉄道資料より詳しい情報だと思う。シベリア鉄道のトイレは拭いた紙をゴミ箱に入れるとか、駅で売っている食べ物の鮮度が怪しいとか、旅行ガイドとしての情報量もたっぷり。ウラジオストックでブロンドのウェイトレスや、日本人向けのユニークな観光ガイドが本当にいるのか、実際に旅して確かめたくなってしまう。

『ユーラシアの双子』主人公の行程

上越新幹線 都内から長岡へ
JR在来線特急? 長岡から富山へ
ロシア船ルーシ号 伏木港(富山)からウラジオストックへ
シベリア鉄道ロシア号 ウラジオストックからイルクーツクへ(2泊)
シベリア鉄道ロシア号 イルクーツクからヤロスラヴリ駅(モスクワ)へ
モスクワ市営地下鉄 レーニン廟などを巡る
夜行寝台列車 ベラルーシ駅(モスクワ)からワルシャワへ
特急列車 ワルシャワからベルリンへ
ICE ベルリンからフランクフルトへ
(列車不明) フランクフルトからフライブルクへ
電車 フライブルクからコルマールへ
(列車不明) コルマールからストラスブールへ
TGV ストラスブールからパリへ
TGV パリからアヴィニヨンへ
普通列車 アヴィニヨンからモンペリエへ
タルゴ モンペリエからバルセロナへ
AVE バルセロナからマドリッドへ
夜行寝台列車 マドリッドからリスボンへ