『ALWAYS 三丁目の夕日』は、西岸良平氏の漫画を原作とした映画。古き良き時代の心温まる物語だけではなく、VFX技術で再現した昭和30年代の風景も話題となった。鉄道の情景として、集団就職列車や都電が見事に再現され、「鉄道情景はもっとリアルに、自由に作り出せる」と証明した。映画の鉄道情景制作の革命である。

撮影に使われたC62形2号機(写真はイメージ)

たくましく生きる大人たち、冒険するこどもたち

東京タワーの建設が始まり、好景気を迎え、「もはや戦後ではない」と勢いづく東京。鈴木(堤真一)が営む小さな自動車修理工場に、集団就職の工員・ロクちゃん(堀北真希)がやって来た。鈴木の妻(薬師丸ひろ子)に歓迎され、少しずつ仕事を覚えていく。一方、鈴木の向かいにある駄菓子屋の主人・茶川(吉岡秀隆)は、カストリ作家とからかわれつつも文学賞を狙っていた。

茶川はヒロミ(小雪)が営む居酒屋で、酔いに任せて口を滑らせ、ヒロミの友人の子供・淳之介(須賀健太)を預かる。おとなしい淳之介だが、鈴木の長男・一平(小清水一揮)にある才能を見抜かれて仲良くなった。テレビ、冷蔵庫など、鈴木宅には次々に新しい家電が持ち込まれ、昭和の人々の生き生きとした日常が描かれる。

ある日、淳之介は自分を捨てた母の居場所を知ってしまう。子供だけで行くには遠い場所だ。それでも一平の励ましで、都電に乗って出かけるのだが……。

圧巻のC62形! 上野駅到着場面

本作で随所に使われたVFX技術は、鉄道の情景にも惜しみなく使われている。その再現度のこだわりが見事だ。都電が街を闊歩し、上野駅の立派な駅舎も、中央改札前広場も忠実に再現している。劇中序盤に集団就職列車の上野駅到着場面がある。機関車はC62形22号機、客車はオハ35系だろうか。実際には梅小路蒸気機関車館などで機関車の撮影が行われ、背景などはVFX技術で合成されたという。

客室内から車窓を見る場面もある。もちろんここもVFX。いまはない昭和の街並みが窓の外を通り過ぎていく。従来の映画だと、「いかにも車窓は合成しました」となるところを、これもきれいに合成した。車内の人物と車窓が重なる場面など、従来は難しかった角度がある。本当に乗っているみたいだ。この場面が、映画の鉄道情景の革命だ。

蒸気機関車全廃後、映画やドラマで蒸気機関車の場面を作るときは、「大井川鐵道ロケ」が定番だった。なにしろ実際に蒸気機関車が走る路線はそこしかない。最近は蒸気機関車の復活運転も増えてきたけれど、それでも大井川鉄道の依存度は高い。大井川鐵道には昭和時代の駅舎もある。そして多くの旧型客車がある。蒸気機関車の走行場面は機関車があるだけではだめで、客車や駅、風景なども重要だ。大井川鐵道はロケ地としてひとつのパッケージといえる。

しかし、どの作品も大井川鐵道だと、さすがに見飽きる。それに、映像作品の設定としては似合わない場面も多い。大井川鐵道はC56形を導入するまで、C11形などの小型機関車しかなかった。田舎の鉄道場面ならまだしも、東海道本線の特急列車の走行場面も、なぜか小型機関車が数両の客車を引いている。そして悲しいかな、大井川鐵道は電化されている。蒸気機関車が勢いよく煙を吐いて隠しても、ちらほらと架線が映り込んでしまう。

もっとも、蒸気機関車の走行場面などは映画やドラマの本筋とは関係ないし、観客も架線の存在など気がつかない。鉄道ファンも事情はわかっているから、そこはツッコミを入れないお約束であった。

ところが、本作は昭和の情景にとことんこだわった。それは鉄道場面も例外ではない。VFX技術があれば、幹線だろうとローカル線だろうと関係ない。どんな時代の鉄道場面も作れる。それを証明したのだ。「もう大井川鐵道だけに依存しなくてもいい。ただし、そこまで作り込める時間と予算があればね」というわけだ。もちろん、大井川鐵道が要らないというわけではない。走行場面に予算を割けない映像作品にとって、大井川鐵道はやっぱりありがたい鉄道である。

都電6000形。6152番も劇中に登場

本作の続編『ALWAYS 続・三丁目の夕日』では151系電車特急「こだま」が、第3作の『ALWAYS 三丁目の夕日'64』では東海道新幹線とキハ58系グリーン車付き急行列車が登場する。どちらも見事だ。映画やドラマには、鉄道情景の考証が甘い作品も多い。そんな中、『三丁目の夕日』シリーズは、「時代の表現に鉄道は必要」としっかり描いている。

※写真は本文とは関係ありません。

映画『ALWAYS 三丁目の夕日』に登場する鉄道風景

東京都電 6000形が"出演"。1947(昭和22)年から6年間で290両が製造された。劇中の時代だと、都電には他にも多数の形式があったけれど、出演は6000形のみ。さすがに複数の形式を再現するまでには至らなかったようだ。それでも製造番号は10種類ほど用意されるなどこだわっている。車内は東京都交通局の保存車による撮影。「品川 - 虎ノ門 - 飯田橋」の運行を示すサボも見える
C62形蒸気機関車 幹線の特急列車用として、1948(昭和23)年から1年間で49両が製造された。劇中では、梅小路蒸気機関車館で保存されている2号機のプレートを22号機に付け替えている。2号機は東海道本線の特急列車として使われた後、北海道に渡っている。そこで東北本線で活躍した22号機とした。この細かなこだわりがうれしい
オハ35系客車 1939(昭和14)年から約2,000両も製造された鋼製客車。集団就職列車でロクちゃんが乗っている客車は「オハフ33 48」。梅小路蒸気機関車館で保存されている
上野駅 建物外観や中央改札などがVFXで再現されている。集団就職列車が到着するホームは、梅小路蒸気機関車館で5日間かけて建設されたという
汽笛 街の場面で、背景に電気機関車の汽笛が響く。東京下町の再現に効果を与えている