「まさか!」「ホントに!?」、そんな声が聞こえてきそうなニュースだった。年明け早々、「シャア専用オーリス」市販化が発表されたのだ。コンセプトカーだった同車の反響があまりにも大きかったことから市販化が決定。しかも同車のために、「ジオニックトヨタ」社なるバーチャルカンパニーまで設立したという。

トヨタ「シャア専用オーリス」

トヨタはいつからこんなにシャレのわかる会社になったのか? ……というのも気になるが、ここでは「クルマ×アニメ」という、十数年前だったら鼻で笑われていそうなコラボレーションについて考えてみよう。

「クルマ×アニメ」はすでに多岐にわたって増殖中

「エヴァンゲリオンレーシング」は今年もSUPER GTに参戦。サーキットでは欠かせない存在に

まず現状確認。「クルマ×アニメ」の実例を振り返ってみよう。最初に触れなければならないのはレースの世界だ。SUPER GTでは、「エヴァンゲリオンレーシング」「初音ミクGTプロジェクト」が広く認知されており、過去には「LMP MOTORSPORT」(イカ娘フェラーリ)や「HANKOOK KTR」(涼宮ハルヒポルシェ)などもサーキットを駆け抜けた。いまやサーキットで「痛車」は珍しくない存在だ。

続いて公道を走る市販車。こちらはアニメファンが愛車をドレスアップした「痛車」が、ブームを通り越して定着したジャンルとなっている。ほぼ毎週、日本のどこかで「痛車」イベントが開催されており、最大規模のイベントでは1,000台以上の「痛車」が集まるというから驚きだ。ほんの数年前まで、「痛車」が街を走ればみんな驚いて振り返ったものだが、いまでは見慣れたという人も多いだろう。

「クルマ×アニメ」は「痛車」だけではない。メルセデス・ベンツは1月に発売したAクラスのキャンペーンのため、オリジナルアニメーションを作成してネットで配信した。このアニメは制作がプロダクションI.G、キャラクターデザインが貞本義行氏という非常に豪華なスタッフで作成され、日本だけでなく世界中で話題となった。

意外な形でのコラボを展開しているのが日産だ。テレビアニメ『輪廻のラグランジュ』において、登場するロボットのデザインを日産のカーデザイナーが担当した。

意外!? トヨタは最もアニメとコラボしている自動車メーカー

「トヨタはいつからシャレのわかる会社に……」と冒頭で書いた。なんとなく真面目そうなイメージがあるから、同じように思った人は多いだろう。だが実を言うと、トヨタはすべての自動車メーカーの中で最もアニメとコラボしているメーカーといえるのだ。

たとえば、『ドラえもん』を実写版にしたテレビCMを展開しているし、米国で放送されたカローラのテレビCMでは、初音ミクを実在のアーティストのように登場させて大きな話題となった。トヨタ渾身のスポーツカー「86(ハチロク)」だって、『イニシャルD』のヒットがなければ生まれなかったという意味で、マンガ作品との「コラボカー」といえる。

トヨタは「PES」というアニメ作品も制作している。これは車社会とエコをテーマにしたもので、制作は『鉄コン筋クリート』などで知られるSTUDIO 4℃が担当した。トヨタのショールーム「アムラックス東京」では、これまでに『ガールズ&パンツァー』『ラブライブ』など、数々の公式「痛車」を公開している。

いまや「アニメと組めば売れる」時代に

なぜこれほどまでに、「クルマ×アニメ」が一般化したのか? それを考えるには、自動車・バイク業界だけを見るのではなく、もっと大きな「オタク文化」の最新事情を知る必要がある。……といってもそう難しい話ではなく、要するに「●●×オタク文化」のコラボは車に限らず、あらゆるジャンルで大流行だということ。アニメを絡めた町おこしは日本中で行われているし、アニメとのタイアップ商品は昔ながらのスナック菓子に始まり、缶コーヒー、髭剃り、目薬、ケータイ、ノートパソコン、メガネなどに拡大。ファミレスやコンビニは店ぐるみでアニメとコラボした例がいくつもある。

さらに枠を広げて、「オタク文化」的なキャラクターやイラストを活用して成功した例となると、農産物の米、銘菓の八つ橋、自衛隊のポスター、交通安全ポスター、お寺など、にわかに信じがたい例がいくつも見つかる。中でも米、いわゆる「萌え米」は大変なブームとなり、一体どれだけの「萌え米」が発売されているのか数えきれないほど。「そんなこと知らなかった」という人は、「萌え米」で画像検索してみよう。きっと驚くはずだ。

なぜこれほどまでに、ありとあらゆるものが「オタク文化」とコラボするのか? 有り体に言えば「売れるから」、それ以外の答えはないだろう。クルマもまた然り。自動車販売の先行きは厳しいと予測されており、その原因として若者のクルマ離れがある。どうにかして若者を振り向かせたい自動車業界ににとって、オタク文化は「渡りに船」だったのだ。

「シャア専用オーリス」は、はたして若者が振り向くクルマになれるのか?

こうした流れの中で見ると、「シャア専用オーリス」の登場は遅すぎたくらいだ。しかし、商品としてのプロデュースはきわめて巧みで、これなら売れるだろうと、妙な言い方だが「安心して見ていられる」。

ただし、このクルマを買うのはかなり高い年齢層のはずだ。したがって、「若者を振り向かせる」という意味での効果は未知数といえる。初めてのメーカー純正の「痛車」ということで、注目は集めるに違いないが、若い層にどこまでインパクトを与えられるかはわからない。「オタク文化」を支える人たちの年齢層は意外と幅広いのだが、ガンダム(ここではファーストガンダムの意)は間違いなく上のほうの年齢層がファンの中心となっている。なにしろ放送開始が35年も前なのだから当然だ。

クルマをアニメとコラボさせるとなれば、やはり日本人なら誰でも知っているような絶対的な作品でなければならないだろう。しかしそういう作品、ガンダムやヤマトはもちろんのこと、エヴァにしても十数年前の古い作品で、ファンの年齢層は上がってしまう。

一方、「オタク文化」の中でも「痛車」のファンは若い世代が多い。しかもファンの手作り「痛車」においては、新作が制作されているエヴァでさえ少数派。ガンダムとなるとまず目にすることはない。「『オタク文化』の力を借りて若者を振り向かせたい」とトヨタが考えているとすれば、このギャップをどう埋めていくかがポイントになるだろう。