プロが蒸気機関車(以下、SL)を撮影するのは、主に冬。夏場の方が多くSLが走るのに、なぜあえて冬に撮影するのか。SLを間近にして感じた匂いや温度、そして煙やすすをかぶった思い出……。これらを一枚の写真に残すこだわりを、マシマ・レイルウェイ・ピクチャーズの長根広和さんにうかがった。

SLは煙が命! 気温は低い方がいい

北海道のJR釧網本線を走る「SL冬の湿原号」。真冬に走る数少ないSLの1つだ。撮影時の気温は-10℃以下

「SL撮影の要は、煙です」といきなり断言する長根さん。プロが冬のSL撮影を好むのは、気温が低いほど機関車が煙をたくさん吐くからなのだ。現在、日本のSLは、観光用や史料として動かせる状態を維持している「動態保存」という状態。控えめに燃料を焚いているので、吐く煙は意外に少ないのだ。そのようなSLがたくさんの煙を見せてくれる季節は冬。そして場所は、機関車が最もパワーを出す"駅発車"と"上り坂"になる。

上の写真は、駅発車直後を跨線橋から撮影したもの。普段は1人で撮影するのを好む長根さんだが、SLだけは鉄ちゃんがたくさんいるところで撮ると言う。「確実に煙を吐く場所は、限られていますから」とのことだ。ちなみに、この写真の撮影場所に集まっていた鉄ちゃんは約100名。中には、別の鉄道写真家もいたそうだ。

この場所の光は、煙の質感が出る逆光。さらに「地面の雪がレフ板代わりになって、逆光でも黒い車体が比較的鮮明に写りますよ」とのこと。雪のレフ板効果が期待できるということも、プロが冬の撮影を好む理由の1つなのだ。

SLの思い出写真にも煙は必須

順光で撮影したSLの編成写真。1枚目の作品と煙の質感を比べてみよう

さて、「煙は省略してもいいから、車体だけを撮るコツを先に知りたい」という読者もいるだろう。プロの答えは「黒い塊ですから、露出が難しいですよ。連載27回目で解説した"露出補正"で、写りを明るくしてみましょう。博物館などの展示車両を撮ってみればわかりますよ」とのこと。 「いや、いきなり走っている姿を撮りたいのですが」と質問を続けてみたが、長根さん曰く、「だったら、煙を撮りましょうよ!SL撮影の楽しさといったら、石炭の香りをかいで、煙と石炭殻をかぶることでしょ。その全部が思い出なんですよ。その象徴が煙。SLは、機関車じゃなくて煙を撮るんです!! 」

そんなわけで、煙は無視できないのだ。当然、構図にも煙の分、画面上部に余裕が必要になる。連載11回目で紹介した電車の編成写真の場合と、車両の配置を比べてみよう。煙の量や向きは全く予想不可能だが、機関車の顔2つ分くらい上をあけるのが基本。SLは速度がゆっくりなので、煙の状態を見てから構図を決めることもできる。

煙の話に終始してしまった今回の取材。「いい煙は七難隠す」。それがSLの撮影なのかもしれない。

夏に撮影した蒸気機関車の例 ※筆者撮影

フイルムの一眼レフで気合いを入れて撮影。肉眼ではそれなりに煙が見えていたのだが、現像したら上のような状態。このがっかり感は、体験した者にしかわからない。そして「次こそは! 」と、ハマっていくのだ。そんな筆者からも、冬場の撮影を心からおすすめする。