人との距離の取り方って、結構難しい。「親しき仲にも礼儀あり」と言うが、あまり甘えすぎてもいけないし、いつまでもお天気とテレビの話しかしないのも偏差値低いし。耳心地のいいことばかり言えばいいってもんじゃないけど、偉そうに説教すればいいってことでもない。

そのうえ友達に比べて、圧倒的に距離の取り方が難しいのが男女のほう。男女関係に慣れていないと、相手を保護者のように自分に寛大であるべきだと妄想しやすいようだ。所詮カップルなんて、もとは赤の他人なんだから、相手に対する尊重や思いやりは失われるべきではないんだけどさ。

一番の理想は、お互いが人として自立していて、2人でいることが刺激になり、より楽しい、だから一緒にいるんだ、という関係だと思う。金銭的に相手に負うと自由な選択がしにくくなるし、精神的に全体重をかけてしまうと、相手が力尽きちゃいそう。

とはいえ、弱ったときには慰めてほしいわけで、じゃあ、どこまでなら許容範囲なのか、というのが悩ましいところ。できればいつでも笑って一緒にいたいけど、そうできないこともある。そんなときに「私、重くないかな」とまた自己嫌悪に陥ったりもする。『砂時計』は、そんなふうに悩む主人公・杏(あん)の自立の物語だ。ひとつひとつの出来事がとても繊細で、「男には描けないだろうなあ」と思う。『BLACK BIRD』と同じく、この作品も小学館漫画賞を受賞している作品だ。基本的に恋愛もの、お涙頂戴ものに興味がないのだが、この作品は結構、胸を突かれた。

物語は、杏が12歳のときから26歳までの話だ。両親が離婚して、母の実家の島根に移り住んだ杏。いきなりやってきた田舎での生活に戸惑うが、そこで大悟、藤くん、椎香といった、かけがえのない仲間たちができ、まあ男女混合グループなんであれやこれややりながら、杏や椎香の自立を描いていく。話のベースとして「自分の居場所」とその模索があり、単なる惚れた腫れたじゃないところが奥深い。「自分の居場所」って、人生において永遠のテーマじゃない?

小学校高学年から中学あたりまでは、第2次成長期でもあったりして、誰でもすごく敏感な年頃だ。それが一通り済んで、自分の性別を認識した高校~大学あたりは、甘酸っぱい恋愛話で頭がいっぱい。誰と、いつ、どこでなにをしようかとか、未知への世界へ出発する時期である。酒を飲み始めるのもこのころだしな。で、就職すると、今度は結婚がちらつき始める。30歳になるくらいまでには、胸がきゅんきゅんするような事象がてんこ盛りなのだ。嗚呼、これが青春ってヤツかあ。物語は、まあ簡単に言っちゃえば、この時期に通る悩みや苦悩を切々と語ってくれるのである。なんだか読んでいると、恋がしたくなるね。

島根に来てすぐ、母親に自殺された杏は、それが小さく尾を引いていく。大悟が彼女の全部をひっくるめて一緒にいる、と言っていたわけだが、杏は東京の高校に進学し、離ればなれになる。そんなこんなで遠距離が災いしたこともあり、大悟と杏はうまくいかなくなる。しかし最終的な別れの決断は、杏の「大悟の重荷になりたくない」という決断だ。ここが、現実にはあまりないことだけど、「いいな」と思う。

大悟には一緒にいて笑っていてほしいのに、伸び伸びしていてほしいのに、どうしてもそう脳天気にできないことが杏を苦しめた、らしい。それはわかる。でも大抵は、その苦しみよりも、自分が独りになってしまうことへの恐怖のほうが大きくて、「嫌いになった」「徹底的に嫌われた」というのでなければ、別れを決断する勇気って、生まれにくいもんだ。それよりも、自分ひとりで立てる力を身につけようとする杏は、少女漫画の主人公の鏡である。

現実では、自分から「別れよう」とか言ったにも関わらず、相手がすんなり別れを納得したら、ギャーギャーわめいて嫌がったという話をたまに聞く。つまり自分の言葉に対する責任や覚悟がないってことで、惚れた腫れた別れたというのが、イベントになりくさってる人も多いようである。それは、そういう無責任な展開をするドラマや漫画が多いからだと思うけれど、この作品の杏をはじめ、登場人物たちの責任感はとても好感が持てるのであるよ。
<つづく>