フジテレビ系長寿音楽番組『MUSIC FAIR』(毎週土曜18:00~)の放送2700回記念コンサートが2月9日、大阪・フェスティバルホールで行われた。この模様が、3月10日から31日まで4週連続で放送されるのに合わせ、出演アーティスト、MC、スタッフへのインタビューを掲載していく。
第2回は、演出の浜崎綾氏。今回のコンサートの見どころに加え、54年の歴史を誇る同番組に受け継がれる伝統や裏側を尋ねた。
"歌力"や存在のインパクトを伝える
――『MUSIC FAIR』をご担当されて、どれくらいになるのですか?
私は2008年からディレクターとして参加して、それまでは『MUSIC FAIR』に関わっていなかったんです。『MUSIC FAIR』は、ADから育った人間がそのままディレクターになるという生え抜き的な流れを結構大事にしていたんですが、当時は40代のベテランのディレクターばかりだったので、20代の私を外の番組からポンと入れることで、新しい血を注入して、番組を変えていきたいという考えが石田(弘・エグゼクティブプロデューサー)さんの中で、あったんだと思います。
――担当することになった当初は、どのように取り組んでいったのですか?
それまでも『FNS歌謡祭』や『堂本兄弟』など相当な数の音楽番組をやっていましたし、演出の経験もありましたので、自分なりの手法というものは確立していました。でも『MUSIC FAIR』には『MUSIC FAIR』ならではのやり方が脈々と受け継がれていたので、まずは一度"『MUSIC FAIR』の哲学"に浸かってみろと言われ、1から勉強しました。
――"『MUSIC FAIR』の哲学"とは、例えばどんなものがあるんですか?
演出面で言うと、他局を含めて今の音楽番組にはなかなかない手法が多いです。例えば照明の作り方では、今はLEDビジョンや電飾、ムービングライトが主流なんですが、ホリ(スタジオの壁)やセットに照明を当てて情景を描くという基礎の基礎のやり方を大事にしています。それとトークパートも、『堂本兄弟』などのバラエティで“面白い話をしてナンボ”という作り方が染み付いていたので、それが『MUSIC FAIR』においては必要とされないというのも新鮮でしたね。
――そうして一度どっぷり浸かられた上で、"新しい血"としてどのようなことを取り入れたのですか?
自分の世代にできることは、長年受け継がれてきた『MUSIC FAIR』に20~30代ならではの作り方を足してブレンドして、時代に合わせて変えていくということ。「変わらないまま変えていく」ということが自分の使命だと思っていて、例えばバンドの並べ方、人物の配置などは意識的に変えてきました。出演アーティストの顔ぶれも若返ったと思います。
私は81年生まれの36歳なんですけど、物心着いたときはTK全盛期で、越路吹雪さんや美空ひばりさん、山口百恵さんなどを知る由もなく、失礼を承知で言えばアリスやさだまさしさんも聞いたことがなかったんです。でも、『MUSIC FAIR』に携わって過去の映像を見ていくうちに、そういう人たちのすごさを再発見しました。越路吹雪さんと岸洋子さんが「オー・シャンゼリゼ」を歌っている映像はある意味パンクですらあったし、松田聖子さんと河合奈保子さん、岩崎宏美さんと大橋純子さん、そして中尾ミエさんと伊東ゆかりさんが3世代6人でコラボした映像を見ると、あの聖子さんを圧倒する迫力で歌い上げる中尾ミエさんって人は何なんだ!?すごいな!とか、リアルタイムで知らなくてもすごいものはすごい!と響いてきます。リアルタイムでは知り得なかったこういった方たちの"歌力"や存在のインパクトといったものを、今の若いアーティストや視聴者にも伝えていけたらいいなと思いますし、数十年後振り返った時に「この人素敵ですね」とか「こんな良い曲があったなんて!」と思ってもらえるコラボを作っていかなければ、という気持ちがありますね。
――『MUSIC FAIR』といえばコラボですが、そんなに昔からやっていたんですね。
そうなんですよ。『MUSIC FAIR』が一番大事にしてるのは、必ず番組オリジナルなものを作るということ。もちろん、アーティストが新曲を歌うということもあるんですけど、必ずこの番組のためだけにやる何かを求めているんですね。アーティストにとってコラボは、新しい曲をハモリも含めて覚えなきゃいけないし、競演したことのない相手と探り探りの関係性を築いて本番まで持っていく大変さがあって負担は大きいんですけど、やっぱりそれによってアーティスト自身が気づいていない能力とか魅力が開花していくというメリットがあるんです。
それが『MUSIC FAIR』のいいところで、デビュー当時大学生だったmiwaちゃんなんて、矢野顕子さんやユーミン(松任谷由実)さんといった大御所の方とコラボして成長してきたアーティストだと思います。それに、絢香×コブクロというのは『MUSIC FAIR』から生まれたユニットなんです。番組で絢香さんとコブクロさんがコラボした時、すごく2組がフィットして、絢香さんがその日にコブクロさんの楽屋を訪ねて、「一緒に何かやりませんか?」と提案して生まれたのが「WINDING ROAD」なんですよ。『MUSIC FAIR』は、アーティストとアーティストつなぐハブのような役割も果たしているんです。
――今回の2700回記念コンサートの打ち上げで、ゆずさん、コブクロさん、CHEMISTRYさんという3ショットがSNSで公開されて話題になっています。
この男性デュオ3組は、ほぼ同世代でともすればライバルなんですけど、やっぱり同じコンサートを共に乗り越えた仲間という関係性が出たんだと思いますね。
ベテラン勢が面白がってくれる
――最近は他局でも大型の音楽特番でコラボをやるようになりましたが、『FNS歌謡祭』は追随を許さないですよね。やはり、『MUSIC FAIR』の長年のノウハウがあるからなのでしょうか?
そうですね。フジテレビにおいては『MUSIC FAIR』が54年培ってきたノウハウがすごく大きくて、もちろん制作スタッフにとってもそうですし音声や照明の技術スタッフにとってもそうだと思います。生演奏で毎回必ず番組オリジナルのものを作るというのは、生半可な労力じゃなくて、「この曲をAさんとBさんでやります」と決まったときに、Aさんは声がここからここまでしか出ないけど、Bさんはここからここまでだから、2人が噛み合うこの狭い範囲でどういうハモリのラインを作るかとか、転調させようかとか。今回のコンサートは武部聡志さんと相談しながら作ったんですが、そういう音楽的な知識やノウハウが脈々と受け継がれています。
――そうすると、準備期間はどれくらいになるんですか?
出演オファーは本番の1年前くらいからしますね。そこから具体的に楽曲や演出を決めていく作業でいうと、11月頃(本番の3カ月前)から始めました。
――今回のコンサートにあたり、さだまさしさんが「良質な音楽番組、などという言い方は失礼です。『MUSIC FAIR』は音楽に対する愛に満ちた最高級の音楽番組です」と最高の賛辞を贈られていました。そうした丁寧な番組作りが、アーティストの皆さんの支持を受けているんですね。
さださんや谷村新司さん、森山良子さん、和田アキ子さんといった大御所の皆さんは、ご自身が20代くらいの頃から『MUSIC FAIR』と共に歩んできたと感じてくださっているようで、そんな番組は他にないと思うんですよね。だから番組への愛情も深いですし、ずっと一緒にものを作ってきたスタッフへの愛情もとても大きい。私みたいな若いスタッフが提案するものも面白がってくださる懐の深さがすごくあるんです。例えば、今回のコンサートも、さださんには「主人公」を歌っていただきましたけど、曲を提案した時に「浜崎が『主人公』がいいって言うなら、それでいいんじゃない?」って受け入れてくださるんです。「ゆずさんと『道化師のソネット』やりませんか?」って言うと「やろうよ!」って、提案を面白がって乗っかってくださるのは、特にベテランの方が多いかなと思いますね。
――勝手なイメージで、『MUSIC FAIR』は歴史の長い番組なので、大御所のアーティストの方は、主に石田さんとか大ベテランのスタッフが内容を決めているのかと思ってました。
石田さん自身もそうですし、ベテランのアーティストの方は、若い奴が『MUSIC FAIR』というものをどのようにしていくのか、ということをすごく大事にしてくれているような気がしています。54年やっている番組をずっと年配のスタッフが作っていたら、番組自体が頑固親父みたいになっちゃいますからね。先ほど、「変わらないまま変えていく」と言いましたが、変わらないだけだったら時代に取り残された番組になっちゃうので、若いスタッフにDNAを教え込んで、後は今の時代に合わせてどう変化させていくのかというところを、わりと託されている気がします。
――この前石田さんにインタビューしたら「早く引退して『やすらぎの郷』に行きたい」なんておっしゃってましたが(笑)
もうこの10年くらいずっと「俺は来年死ぬから一生のお願い聞いてくれ」なんて言ってますから(笑)。でも、石田さんのすごいところって、エグゼクティブプロデューサーという肩書きなので名前だけ出してると思う人も多いかもしれないですけど、まだまだ最前線でやってますからね。収録も朝8時から夜中の2時までずっと立ち会って、私より下のディレクターの後進育成も熱心にやってくれています。