連載コラム『森永卓郎の「生活苦と経済」』では、アベノミクスによる株高資産効果が喧伝される一方、厚生労働省の調査で「生活が苦しい」と回答した世帯が過去最多の62.4%となるなど、大きな矛盾をはらむ現在の経済状況について、経済学者でかつ、金融、恋愛、オタク系グッズなど、多くの分野で論評を展開している森永卓郎氏が、独自の観点で切り込んでいきます。


なぜ国民は拡大する所得格差を認識しない!?

少し前になるが、今年の2月、安倍総理の施政方針演説に対する代表質問で、民主党の岡田代表が、安倍政権下で起きている格差拡大を批判した。岡田代表は、日本が今や先進国の中で、最も格差が大きい国のひとつとなっていると批判したのだが、安倍総理は、「世論調査では個人の生活実感について、格差が許容できないほど拡大しているという意識変化は、確認されていません」と切り返した。

確かに内閣府の「国民生活に関する世論調査」をみると、93.1%の国民が、自分は中流だと答えている。なぜ国民は拡大する所得格差を認識しないのだろうか。私は、富裕層の実態が庶民の目に入っていないからだと思う。庶民が感じる格差は、自分の上司がろくに働きもしないのに高い給与をもらっているとか、非正社員からみて正社員の給与が異常に高いといった類の格差だ。しかし、いまの日本で急拡大している格差は、そうしたところに重点があるのではない。中小企業と一部の大企業、地方と東京都心部、そして最も拡大している格差は、サラリーマンと資本家との格差だ。

例えば、昨年度の日本経済は、消費税率引き上げの影響で、前年比マイナス0.9%のマイナス成長となった。ところが上場企業は、史上最高益をあげたのだ。パイが小さくなっているのに、力の大きな企業は最高益をあげる。これがいまの日本で起きている格差の一つの表情だ。

もう一つの表情は、東京都心のバブルだ。例えば、日本一の地価を誇る銀座の鳩居堂前の土地は、今年の路線価で、坪当たり7800万円になった。バブルのピークの頃には、坪当たり1億2000万円だったから、いつの間にやら都心の地価は、バブル期と同じような水準に近づいている。一方で、地方圏の地価は、バブル崩壊後いまだに下がり続けている。

1980年代後半のバブルといま起きているバブルの違いは「地域間」の格差

1980年代後半のバブルといま起きているバブルの最大の違いは、地域間の格差だ。1980年代後半は、バブルの発生にタイムラグこそあったものの、全国がバブル化していった。ところが、今回のバブルは、東京の都心部に限られている。その理由は、日本経済の金融資本主義化だろう。カネは一カ所に集中する傾向がある。世界の金融センターと呼ばれているところが、10カ所程度しかないことは、その象徴だ。

いまの富裕層は、まったく働いていないのにカネにカネを稼がせており、その人たちが東京都心部に集中して住んでいるのだ。

富裕層は東京都心部に集中、港区民は平均が"社長の年収"

「そんな人はほとんど存在しないのでは」という指摘をする人が多いので、証拠を示そう。総務省が毎年公表する「市町村税課税状況等の調(しらべ)」では、全国1741市区町村別に納税者1人当たりの年間平均所得を算出することができる。昨年度の平均所得が最も高かったのは東京都港区で、平均所得は前年比40.5%増の1267万円だった。ここで言う平均所得というのは、年収ではない。給与所得控除や公的年金控除、基礎控除、配偶者控除、生命保険料控除など、様々な控除を差し引いた後の課税所得だ。サラリーマンで言えば、年収1800万円程度がこの所得に相当する。中堅以上の企業の社長の平均年収が2000万円と言われるなかで、港区民は、まさに平均が社長の年収になっているのだ。

もちろん港区民の給料がバカ高いというわけではない。平均所得を高めているのは、不労所得だ。土地の売買に伴う所得が30万円、株式の配当が5万円、そして株式の譲渡益が383万円。これが港区の納税者の平均値なのだ。もちろんこれは平均値だ。国民のなかで直接株式を所有している人は全体の1割だと言われる。そのなかの1割(※国民の100分の1)が売却益を得たと仮定すると、実際に株式を売った人の平均は3億8300万円ということになる。

そうしたあぶく銭を得た人が、六本木のタワーマンションに住み、麻布の看板のかかっていない飲食店で夜な夜な遊ぶ。これがいまの日本で起きている格差の本当の姿なのだ。

(※写真画像は本文とは関係ありません)

執筆者プロフィール : 森永 卓郎(もりなが たくろう)

昭和32年生まれ、58歳。東京都出身。東京大学経済学部経済学科卒業。日本専売公社、日本経済研究センター(出向)、経済企画庁総合計画局(出向)、三井情報開発(株)総合研究所、(株)UFJ総合研究所等を経て、現在、経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。
専門は労働経済学と計量経済学。そのほかに、金融、恋愛、オタク系グッズなど、多くの分野で論評を展開している。日本人のラテン化が年来の主張。
主な著書に『<非婚>のすすめ』(講談社現代新書、1997年)、『バブルとデフレ』(講談社現代新書、1998年)、『リストラと能力主義』(講談社現代新書、2000年)、『日本経済「暗黙」の共謀者』(講談社+α新書、2001年)、『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社、2003年)、『庶民は知らないアベノリスクの真実』(角川SSC新書、2013年)など多数。