企業の経営層は、過去にどんな苦労を重ね、失敗を繰り返してきたのだろうか。また、過去の経験は、現在の仕事にどのように活かされているのだろう。そこで本シリーズでは、様々な企業の経営層に直接インタビューを敢行。経営の哲学や考え方についても迫っていく。

第31回は、プリントシール機のシェアナンバーワンを誇るフリュー株式会社で、プリントシール機事業部 ソフトウエア開発部部長を務める伊藤隆彰氏に話を聞いた。

経歴、現職に至った経緯

まずは経歴について。2001年に高校を卒業した伊藤氏は、さまざまなアルバイトを経験。友人から「論理的思考がエンジニアに向いているのでは」とアドバイスを受けたことを機に、エンジニアを志すようになったという。さらに、同時期に体調を崩して通院した経験も、エンジニアへの道を歩む後押しとなった。

「予約のできない病院で3時間も待たされたことで、システム的にカバーできていない状態の不便さを実感したんです。友人からのアドバイスもあったことから、技術を使って課題を解決していけたら面白そうだなと考えるようになりました。この道を選んだのは些細な事がきっかけでしたが、学習する中で徐々に楽しさを感じるようになったのを覚えています。気付いたら1日中勉強してた、みたいな事もよくありました。」

エンジニアの経験はなかったため、まずは育成カリキュラムがしっかりしているソフトウェア開発会社に入社。専門知識を学びながら、委託契約で電気機器メーカーの研究開発部隊へ出向し、デジタル信号の表示を模倣したソフトウェア開発などに携わったという。

2007年、先輩の勧めを受け、フリューへ出向。プリントシール機(プリ機)のソフトウェア開発に従事し、「メンテナンス画面」の作成を担当した。このメンテナンス画面は、アミューズメント施設の運営者が、カメラやプリンターなどの動作確認を行ったり、落書き時間などのゲーム設定を行う画面を指す。当時、機種ごとに操作性や見え方が違うためにアミューズメント施設担当者が困っていたのだという。伊藤氏はその声を受け、改善すべくソフトウェアを統一する業務に携わった。

2012年ごろまで委託契約で働くうちに「もっと責任のある立場で働いてみたい」という考えを持つようになった伊藤氏は、フリューを退職、就職活動を開始する。退職時には「いなくなったら困る」「もったいない」という声をもらい、あらためてフリューで働く人の温かみを感じたという。就活を行う中で、「あの人たちと働けたら、一緒に会社を大きくできそう。意思決定を通して自分が社会人としても成長できそう」だという想いが強まり、社員としてフリューに再び入社する道を選んだ。

  • 2022年10月上旬から順次設置されるフリューの最新プリントシール機「TODAYL(トゥデイル)」

入社後は、プリ機のソフトウェア開発を行う部門で、「プリの“盛れる”」を叶える画像処理を担当。ヒット機種となった「LADY BY TOKYO」(2011年)にも携わり、2016年には一般的な会社で課長職クラスとなる商品開発リーダーに就任。企画・ソフトウェア・ハードウェアなど、1つのプリ機の開発に関わる全メンバーを指揮するようになった。

商品開発リーダーとして1つの商品と向き合う中で、事業や商品にもっと戦略が必要だと感じるようになったという伊藤氏。また、「商品単体ではなく、プリの事業全体を良くしていきたい」との想いが芽生え、「シェアナンバーワンの立場だからこそ、もっと新しいことにチャレンジして、中長期的に商品がどうあるべきかを考え、業界を盛り上げていくべきだ」と上長に提案するに至った。その進言が、ソフトウエア開発部の部長就任に繋がっていく。

「ちょうどそのころ、事業戦略を考えるファーストラインである事業部長・部長陣に厚みを持たせようという事業方針が社内で出ていたんです。私が積極的に提案してきた事業戦略に対する想いを汲んでもらえ、さらにこれまで積み上げてきたエンジニア知識も買ってもらえたことで、ソフトウエア開発部の部長職を任せてもらることになりました」

会社概要について

フリューは「人々のこころを豊かで幸せにする良質なエンタテインメントを創出する!」を企業理念に掲げる総合エンタテインメント企業だ。ガールズトレンドビジネスと世界観ビジネスの2軸で商品サービスを展開している。

ガールズトレンドビジネスは「すべてのGIRLSをHAPPYに」をスローガンに、創業事業であるプリントシール機ビジネスを始めとしたサービスを展開。プリントシール機ビジネスには1998年より事業参入し、現在では市場シェアナンバーワンを誇る。「商品をより良くするために女子中高生へのグループインタビューを定期的に実施。そこで得た知見は他事業にも活かされています」と伊藤氏。女子のトレンド感覚や「可愛い」の感覚などは、カラーコンタクト事業や広告運用に活かされている。

世界観ビジネスのスローガンは「IPで世界のファンのこころを満たす」。プライズ(クレーンゲームの景品であるぬいぐるみやフィギュア)の製作を手掛ける中で得た版権獲得力や商品作りの強みを活かし、コンシューマゲームやスマートフォンゲーム、アニメ事業など様々な形でIPの世界観を表現しているという。

決断力こそが目指すべきリーダーに必要な要素だと思っていた

これまでに経験した失敗、苦労エピソードについて、伊藤氏は商品開発リーダー時代の経験を挙げる。2017年ごろ、プリ機をもっと楽しんでもらうため、「盛れる」プラスアルファの魅力を各機種で訴求する「バリエーション戦略」を実施。その1機種目となる「PINKPINKMONSTER」で伊藤氏は自ら手を挙げ、初めて商品開発リーダーを担当した。

当時の伊藤氏は、目指すべきリーダーの素養として「決断力こそが重要」だと考えていたという。そこで、「PINKPINKMONSTER」のプロジェクトも、伊藤氏が判断・決定した内容をメンバーに伝えて進めていく形を取った。

「従来とは異なる外装作りにこだわり、プリ撮影の待ち時間に当時流行っていたフォトスポットとしても写真撮影を楽しめるのが、『PINKPINKMONSTER』の1つの魅力です。そこで、これまでのイメージモデルは起用せず、全面板金に光るロゴを付けるという大胆な仕掛けをとり入れました。当然、外装製作のコストはアップ。予算内での製作達成が重要だと独断で決め、大幅なコストカットを決断し、メンバーには後から説明する形で進めていきました」

  • 「PINKPINKMONSTER」の外装デザイン

こうした独断専行に対し、メンバーからは反発の声が上がった。企画・開発・デザインなど、さまざまなプロフェッショナルがいるにも関わらず、何の議論もなしに進めていく伊藤氏のやり方に、メンバーが「議論せずに決めていくのは違う」と声を荒げて言い合いになることもあったという。伊藤氏への信頼はなくなっていき、雰囲気も最悪に。「良い商品を作る妨げになってしまった」と伊藤氏は苦笑する。

結局、良い商品を作らなければユーザーに遊んでもらえないため、コストカットをしたところで本末転倒になってしまう。予算を多少オーバーしたとしても、商品発売後のヒットを見据えて良い商品を作ることが大切なのであり、「みんなで話し合い、ベストを尽くして考えていけばいい」との声もチーム内から上がったという。当時の強引な姿勢を振り返り、伊藤氏は「商品開発リーダーは全体の進捗管理も担うため、発売までのスケジュールを意識するあまり、かなり焦っていたのもあった」と語る。

しかし、こうした焦りがありながらも、手痛い失敗を経て、伊藤氏は変化する。商品作りに関わるメンバーで話し合いを行い、徐々にみんなを巻き込みながら仕事を進めるスタイルに変更したのだ。

「自分がいることが商品力アップに繋がらず、むしろメンバーを振り回してしまうというかなりつらい経験ではありましたが、大きな学びを得られました」

最終的にはコストオーバーし、上司に謝りに行くことになったというが、「ユーザーに喜ばれる良い商品を作ることができた」と伊藤氏は笑顔を見せる。「SNS上でもプリ・外装写真の両方が多く投稿され、大きな話題を呼びました。成功と言える結果を出せたと思います」

手段にとらわれないアイディアを得るには「なぜ」の共通理解が必要

この失敗を経て学んだことについて、伊藤氏は次のように語る。

「自分で何もかも決めるのではなく、『なぜ』という動機部分をみんなで話し合い、考えてから進めることで、アイディアの幅が広がることを学びました。失敗から、メンバーと一緒に考える重要さを痛感しましたね」

なぜ、それをするのか。何のためにこの機能が必要なのか。なぜこのコストでこの商品を作らなければならないのか。これらの「なぜ」に対し、1人で結論を出すのではなく、メンバーと一緒に考えていくようになったという伊藤氏。

「『なぜ』を一緒に考え、同じ気持ちを持つことができていれば、『手段』にとらわれず、目的に対して有効なアイディアがもっと出やすくなるのではないかと考えています」と今の考えを述べてくれた。

現在の仕事である事業部戦略や開発部部門の方針決定にも、過去の経験が活きていると感じると伊藤氏は語る。

「私は、ソフトウェアはプリ機を作るための『手段』と捉えています。上位概念である『ユーザーにどうなってほしいのか』を考え、『その為にどういった機能で何を提供するのか?』『それを実現する為にどういった技術が必要なのか?』という目的意識をしっかりと持つことで、部門として習得すべき知識の優先順位を明確にすることができていると思います。また、事業部戦略を考える上でも同様かと考えています。『ユーザーにどうなってほしいのか?』『どういったマーケットにしたいのか?』その為の『手段』として予算やスケジュールがあると考えていて、目的達成のために変更が必要であれば、事業部長や経営層に頼っても良いんじゃないかと思っています。」

就活生・若手ビジネスパーソンにメッセージを

最後に、就活生・若手ビジネスパーソンに向けてメッセージをもらった。

「起きた出来事をフラットに『事実』として捉えて、良かったこと・悪かったことを整理し、『今、自分は何をすべきか』を考えることが大切です。もしそれが過去の自分を否定することだったとしても、しっかりと振り返って『今、こうした方が絶対にいい』と次に繋げられるようになっていけば、中長期的に見たら必ず成長できたと感じられるはずです。過去の経験に惑わされず、ぜひ前を向いてチャレンジしていってほしいです」

自分を否定するのは苦しみを伴う。しかし、次に繋げるために向き合うことは、自身のさらなる飛躍に繋がる。そんな心強いエールだった。