独立・開業には勇気がいります。そして人それぞれの理由があります。もちろん稼ぐことを目的に開業する人もいるでしょう。しかし、それ以上に「思い」を持ってビジネスに取り組まれている人が大勢おられます。ここではそんな人々にスポットを当てて、独立・開業への思いや、新しい人生の価値観などを伺っていきます。

第23回は、さいたま市で国内初ローチョコレートの工房を運営、糀ショコラの開発など、身体に優しいチョコレートを製造・販売されている狩野玲子さんにお話を伺いました。

  • 狩野玲子さん

カナダ人の「病気にならない身体作り」から学んだローフード食生活

――「ローチョコレート」とは聞き慣れない言葉なのですが、どんなものなのでしょう。

狩野さん:簡単に言うと、カカオを高熱処理しないで作るチョコレートですね。全て手作りで、乳製品や乳化剤も不使用、フェアトレードの有機ローカカオと有機椰子糖を使用したローフード製法で作ります。

――今や狩野さんがそのローチョコレート第一人者としてさまざまなメディアに登場されていらっしゃいますが、その原点はカナダにあると伺いました。

狩野さん:はい、実は小学生の頃から会社に頼らず生きていくことに憧れていたんですが、何で独立できるかわからないまま30歳になりまして。3度目の通訳案内士の国家試験が不合格になった後、旅行でなく海外で生活してみたいという夢も叶えたくて、ワーキングホリデーでバンクーバーに渡りました。

そしてカナダで出会った人、ヨガ、ローフードが私の人生観をガラッと変えたのです。現地では病院にかかることが日本ほど気軽ではないため、「病気にかからない身体作り」ということで、地元の新鮮な食材が手に入るファーマーズマーケットやホールフーズマーケット、そしてジムやヨガスタジオもたくさんあり、日常的にエクササイズしている人もたくさんいることに影響を受けたのです。

――17年前のことだそうですが、既にバンクーバーではそうした意識と取り組みをされている方が多かったのですね。

狩野さん:はい。私も26歳で生活習慣病と会社の健康診断で言われて、健康になりたいと思っていましたのでカナダ滞在を機に身体に良い生活スタイルへとシフトしました。そこでベジタリアンやローフードの食生活に少しずつ興味を持つようになり、実践し始めたんです。

帰国後は生活のために、翻訳会社に就職しました。その仕事をしながら、ヨガとローチョコレートを仕事にできないかと思いつつも、やり方がわからなくて。代々木上原にあった日本初のローフードレストラン・ベジパラダイスで、アメリカ人の友人とヨガクラスを週2回ペースで始めました。不定期ながらローチョコレートのワークショップも同時進行で主催しまして、長女を出産するまでは会社員と3足の草鞋でした。

出産後はローチョコレート一本に絞ることを決め、2011年、震災後の4月、菓子製造業が取れる間取りの賃貸を借り、ローチョコレートメーカーChocoReko®︎として本格的に始動しました。

誰もやっていないことをやる、という選択肢

――その行動力に驚くばかりですが、開業されてから大変だったことはありますか?

狩野さん:いっぱいあります(笑)。まず開業1年でまだ初期投資も回収できてない時に、夫が起業したいと言い出して、全く異業種の自然食品店オーナーになったこと、そして長女がまだ2歳でしたので、夫がお店をやっている間、大黒柱ママにならざるを得なかったことですね。

また、また、税理士さんに頼まず自力で会計したら、翌年の税金が信じられない金額になってびっくり。あと予想もしなかった41歳での双子の出産ですね。その時も入院費を自分で用意して、入院中に政務署に予定納税の書類を出したり、お産に集中したかったのに、お金の心配もしなければいけなかったのはちょっと辛かったです。

双子の産後、3歳までは壮絶すぎて育児とチョコレート以外は何もできません! って感じだったのですが、それでも2歳の時には家を建てることになり、工房と家を同時に作るのは大変でしたね。さらに夫のお店を譲渡したはずが、夫の決めた次のオーナーがお店を回せず廃業に追い込まれたんです。その業務用リースの支払いなど1,000万近く支払わないといけなくなりまして、短期間で金策に走ったのは一番大変な思い出です。

――開業までもかなり濃厚なお話でしたが、開業後もさらに濃密だったのですね。それを全て乗り越えてこられたのですから、敬服の念に耐えません。ここまでたどり着かれるまでの思いや、やり甲斐などあれば教えていただけますか?

狩野さん:小学生の頃からずっとやりたいことを探していましたので、ローチョコレートの講師として、またチョコレートメーカーとして、皆さんに喜んでいただける仕事にようやくたどり着けたことに、とても喜びを感じました。またヨガの先生か、ローチョコレートの教室か、どちらか一つを選ぶ時、「まだ誰もやっていないもの」を選びました。その分、お手本もなかったので、試行錯誤の時間が長かったのですが、新しいことを考えたり商品化したりすることにはとてもやり甲斐を感じました。

“ヘルシーなチョコレート”が当たり前の世界にしたい

――まだ誰もやっていないものを選ぶ、というのは勇気が要ったことと思います。でも、だからこそ今日のご発展なのですね。今後の展望などお聞かせいただけますか。

狩野さん:ローチョコレートのプロデュース業をして、ヘルシーなチョコレートがあたり前の世界にしたいですね。OEMでのカジュアル商品とヘルスケア、ラグジュアリーラインを作り、糀ショコラをジャパンブランドとして世界に羽ばたかせたいです。

また国際ローチョコレート協会では、チョコレートと健康の知識の共有、そしておうちショコラティエの育成、さらにプロフェッショナルになりたい方へのサポートを通して、ローチョコレートで心も体もヘルシーな人を増やしていきたいと思っています。

――ありがとうございます、最後に読者の皆さんへメッセージをお願いします。

狩野さん:はい。もっと多くの方に「食べたもので身体が作られている」という意識と、身体に入れるものを選べる知識を広げ、ヘルシーなチョコレートがもっとあたりまえになるように貢献していきます。また糀ショコラを広げることによって日本の伝統食の再認識を促し、日本食の素晴らしさも世界に伝えていきますので、楽しみにしてくださると嬉しいです。