2009年の暮れも押し迫り、もういくつ寝るとお正月。昔ながらのかるたをお正月に遊ぶ家庭は少なくなったが、近年は「ツンデレカルタ」を筆頭に、多彩な変わり種かるたが話題を呼んでいる。さて、今回はそれとはちょっと目先の違う、変わり種かるたを紹介したい。その名も「幻聴妄想かるた」。

「脳の中に機械がうめこまれ しっちゃかめっちゃかだ」「ラジオから自分のことがいわれている」……といった読み札と、幻聴や妄想に悩む人たちが描いた絵札のセットで遊ぶ、非常に不思議な逸品だ。シュールさではツンデレカルタをも軽く凌駕する、インパクトにあふれた内容だが、これを興味本位で楽しむのは、なんだか不謹慎な気もする。そこで「これ、面白がってもいいんですか?」という疑問を直接確かめるべく、去る12月18日から20日まで行われた、幻聴妄想かるたの展示会にお邪魔してみた。展示会が行われたのは、東京・三軒茶屋のランドマーク、キャロットタワー内にある世田谷文化生活情報センター。それではさっそく幻聴妄想かるたのシュールな世界を覗いてみよう。

展示会の模様から。世田谷区内の精神障害者共同作業所「ハーモニー」によって幻聴妄想かるたがパネル展示された

こちらが幻聴妄想かるた。解説本付きで1セット3,000円。記念すべき「あ」は「ありがとう幻聴さん ありがとう大野さん イライラする」。うーん、早くもよくわからない

「こ」は「コンビニに入るとみんな友達だった」。語呂の良さが『雪国』の「トンネルを抜けると雪国であった」に通じる文学的(?)妄想

「し」は「新宿の女番長がそんなこと話しちゃいけないと言ってくれる」。新宿の母とか歌舞伎町の女王以外に、新宿には女番長もいたらしい。しかもプリーツスカート

「つ」は「妻のブルーのポルシェが迎えにくる 半日待ったがやってこない図書館前」。しりあがり寿のマンガを彷彿とさせる、豪快かつ繊細なイラスト

「な」は「なにかやっていないと聴こえてくる」。『ドラクエ』か『女神転生』あたりに、こういうモンスターが出てきたような気がしなくもない

「ほ」は「星が人々だと思ってさけんでいた」。絵札にはtvkの人気番組『saku saku』の白井ヴィンセントたちがゲスト出演。ところでなぜ『saku saku』?

「れ」は「レストランでうんこの話がしたくてしょうがなくなる」。このぐらい誰でもありますよね。……え? ない? いや、あるだろう普通!(被害妄想気味)

「ろ」は「ローレンローレンローレン 戦車に乗った自分がキリストだということがわかった」。「ローレンローレン……」の『ローハイド』は西部劇だから乗るなら馬でしょ! とかツッコミどころ満載

最後の「ん」は「しん臓が止まっている」。「ん」じゃなくて「し」だろう、という指摘はごもっともですが、まあ、いいじゃないですか

不思議な幻聴や妄想の数々、ご堪能いただけただろうか? この幻聴妄想かるたは、もともとは精神障害者共同作業所「ハーモニー」の利用者が、おたがいの体験や悩みを話し合う、グループ療法から生まれたもの。まず集団精神療法士の藤田貴士さんが、体験談をまとめて50枚の読み札として選び、さらに絵札を利用者たちがそれぞれ描いて、そのなかから一番合ったものが実際の絵札に選ばれている。

かるたは2008年末に完成。当初はハーモニーとその関係者に配る程度だったものの、徐々に評判となり、医療や福祉施設など、この1年間で当初の予想を超える約350セットが人手に渡っている。さてこの幻聴妄想かるた、まったくの部外者が興味本位で楽しんでしまってもよいものなのだろうか? ハーモニーの新澤克憲施設長に、その点をうかがってみた。

「僕は興味本位でも構わないと思っています。先日もこの幻聴妄想かるたの新聞記事を引用した、2ちゃんねるの書き込みをネットで拝見しました。そうやって『変だなあ』と面白がってもらうのも、ひとつの接し方だと思うんです。少なくとも心理的な壁を作られたり、遠ざけられたりするよりはずっといいと思います。誰でも多かれ少なかれ、幻聴や妄想を体験することはあるはずですから、このかるたを精神障害を考えるきっかけにしてくれれば、ありがたいですね」

とのことで、作り手側としては一般の人たちが面白がって接しても問題ないとのこと。さて、続いて紹介したいのが、この幻聴妄想かるたのなかで、何枚も続けて描かれている怪しげな団体、若松組(※実在する団体名とは関係ありません)。

壮大な連作形式となっている若松組シリーズ。「わ」は「若松組が毎日やってくる」。なんか絵はケチャダンサーみたいですが

「を」は「若松組が床をゆらす」。若松組は隣の部屋にいて、床をゆらしてくるらしい。こちらの絵はサンプラザ中野くん風

「は」は「はやくつかまってほしい若松組」。もしかしたらべつの若松組という団体があるかもしれませんが、そことはまったく関係ないはずです、多分

「け」は「警察から連絡あり 若松組構成員半分逮捕しました」。事態が好転したようで、一網打尽とはいかないものの、なかなかの成果

「床をゆらす」というビミョーに迷惑なことをする若松組とは何なのか? 再びハーモニーの新澤さんにうかがってみた。

「若松組は、今回のかるたのなかでも人気ですね。考えたのはハーモニーに通うひとりなんですが、調子が悪いときにふらふらするのは、若松組のせいなんだそうです。普通なら『そんなのいませんよ』となるんですが、うちは『最近、若松組の調子はどう?』って肯定しちゃう。決定的な解決策がない問題ですから無理に否定せずに、それぞれ妄想とのうまい付き合い方を見つけ出せればいいと思ってるんです。自分だけで抱えていると悪循環になるんだけど、かるたという形で外に出せば、本人も周囲も『こういう妄想だったのか』とあらためて理解できるし、『そういうことあるよね』と近い悩みを持った人同士で共有もできますからね」

ということで、今回のかるたプロジェクトは一般層に精神障害の実態を知らせるだけでなく、幻聴や妄想を抱えた当事者のみなさんにとっても、かなりいい効果をもたらしたようだ。不可解な現象に名前をつけ、周囲の人たちと共有することで中和していく、というのはなんだか妖怪の成立過程を思わせる。もしかしたら、ぬりかべや一反木綿といったキャラクターも、ごく初期は若松組のような妄想だったのかもしれない。ちなみに「坊主めくり」ならぬ「若松組めくり」という特別ルールもマニュアルに記載されているので、入手した人は、若松組めくりでも盛り上がってみてはいかがだろうか。

幻聴妄想かるたはハーモニーでの手作りとあって、現在予約待ち。2010年のお正月にはちょっと間に合わないかもしれないが、興味を持った人はぜひ予約して、シュールな幻聴や妄想の数々に親しんでみてほしい。問い合わせはハーモニー(TEL / FAX: 03-5477-3225)まで。

「手作りなので一度にたくさんは作れませんが、こうした活動はこれからも長く続けていければと思っています」とハーモニーの新澤克憲施設長

最終日には幻聴妄想かるた大会も開催。通りすがりの人から関係者まで、テーブルを囲んでなかなかの盛り上がり