台風の日に訪問も

――この30年で、特に印象に残っているお宅はどこですか?

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建築家の名前を挙げると、室伏次郎さん、阿部勤さん、中村好文さんなどなど、それはねぇ、もうありすぎて困るんですけど(笑)、あえて選ぶとすれば、東孝光さんが青山のキラー通りの6坪の土地に建てた「塔の家」ですね。どういう思いで建てたのかを聞いたら、同じ予算で東京の府中あたりなら30~40坪くらいの家は建つけど、利便性を考えてどうしても都会に住みたかったそうなんです。でも、人が訪ねてこられたときに少しお話するスペースはほしい。後は近くの喫茶店やレストランを使うんだって。その家は、玄関に入って見上げると吹き抜けになって、狭小なのに外の並木が遠くにあるように見える。いっさい狭さを感じさせない、名作ですよ! 先日も、何の断りもなしに外観の写真を撮りに行きました。本当に売りに出たら買おうと思ってますから(笑)

――本当にいろんな家を見てきたと思うんですが、それを渡辺さんのご自宅に参考にしたこともあるんですか?

はい、あります。ほぼ満足できました。しかし、コンクリートの打ちっぱなしにしたんですけど、所詮石ですから、冬は寒くて夏は暑くて(笑)。でも、ビジュアル的には大好きなんですよね。

――以前、ダウンタウンの松本人志さんが、『建もの探訪』のロケはいつも晴れてると指摘されていましたが、本当にそうですよね。毎回、日当たりのいい家が実践をもって紹介されている印象です。

これはね、神のみぞ知る、だね(笑)。自分でも分からないけど、ずーっと晴天なんですよね。でも、台風のときに訪ねたこともあったんですよ。外の垣根から見て、ビニール傘がバタバタしても騒がず、「いいアプローチですねぇ」って言ったこともありました。ただ、人間の生活には、雨もあれば風もあって曇りもあるので、天候はどうでもいいんですよ。建物さえ紹介できればね。

『建もの探訪』から日本の住宅は大きく変化

――あらためまして、30年という番組の歴史はすごいですよね。

街を歩いていて「渡辺さん」って声かけられたので、「若者が因縁でもつけるのかな?」と思ったら、「『建もの探訪』を見て建築が好きになり、大学の建築学科出て設計の資格を取りました」と思いがけず言われた時は実にうれしかった。先日もアメリカの投資会社の人と飲んでたら、「渡辺さん、僕は不動産を担当してるんですけど、『建もの探訪』をずっと見て、この仕事をやってるんです」って言われて、もう涙出そうになったね。やっぱり建物って、みんなが興味を持てるものだと思うので、それが長い間番組を支持していただけたんじゃないかと思います。

――この30年で、日本の住宅事情の変化は感じますか?

ドイツの建築家のヴァルター・グロピウスの言葉で、「あらゆる創造表現の最終目的は建築である」というのがあります。建物は、場合によっては100年以上そこに居続ける。ゆえに建築行為が神に代わって風景を作り出すことでなければならない。それだけにとても大事な意味のある仕事です。手前味噌ですが、『建もの探訪』の放送以降、日本の住宅は大きく変化しました。ちょっと言いすぎかな(笑)

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――いや、影響力は大きいと思います。いろんな家をご覧になっていると思いますが、同時に新しい家もどんどん建てられていると思うので、まだまだ探訪していただきたいです。

日本には春夏秋冬がはっきりあります。桜前線は北上し、紅葉前線は南下します。植林は意味のあることですが、原生林との割合にバランスをとってほしい。日本列島の緑は神が作った奇跡の風景。その風景に、建物を生けるように「待ってました」と言われるような建物を建てたい。つまり、亡くなってからの天国ではなく、今、天国を作り出す覚悟があれば…。とにかく、風景を大事にしてもらいたい。天から眺めて、美しいなぁ。という街にしたいですね。

――いろいろお話を伺わせていただき、ありがとうございました。最後に、渡辺さんにとって「平成」はどんな時代でしたか?

年齢も70になりまして、今振り返るとずいぶん流れに任せてわがままでいい加減な生き方をしてきたなという感じです(笑)。これからは、可能性に満ち満ちたおじいちゃんでいたいと思います(笑)。普通、右に行くところを左に行ったりすると思わぬ発見がありますから。