「毒母」を先取りした岡田惠和の傑作

■1位『イグアナの娘』(テレビ朝日系、菅野美穂主演)

菅野美穂

菅野美穂

この年の1位は、まったく迷わなかった。

「ヒロイン・青島リカ(菅野美穂)の母・ゆりこ(川島なお美)は、なぜか娘がイグアナに見えて、つらくあたってしまう。次第にリカも鏡に映る自分の姿がイグアナに見えるようになってしまい、恋愛ができずにいた……」

このあらすじとイグアナの造形を見ると、「トンデモ作」と思われかねないが、むしろ真逆。母娘それぞれの苦悩を真正面から描いたヒューマン作だった。

初めてできた親友の三上伸子(佐藤仁美)、思いを寄せ合う岡崎昇(岡田義徳)とのやり取りを通して、一歩ずつ前向きになっていくリカ。ちゃんと人間に見える次女・まみ(榎本加奈子)を溺愛することで、ますますリカへ冷たくあたってしまう、ゆりこ。それぞれの心情に加え、優しい父・正則(草刈正雄)、明るい妹・まみのフラットな視点を採り入れることで、視聴者はイグアナの造形が気にならないほど物語に引き込まれていった。

そんなタイトルや設定からは想像つかない繊細な物語を作り上げたのは岡田惠和。「わずか50ページにすぎない短編」の原作漫画を全11話の連ドラに仕上げたのだから、神がかり的とも言える。当時、岡田はすでに多くの作品を手掛けていたが、ここで家族の物語を描いたことが、のちの『ちゅらさん』『おひさま』『ひよっこ』(NHK)の朝ドラや、現在放送中の『この世界の片隅に』(TBS系)につながっているのではないか。

それにしても、22年前に現在、社会問題となっている毒親を描いたことは特筆に値する。恋愛全盛の1990年代であり、若年層も見る20時台の放送だったにも関わらず、男女の明るいラブストーリーではなく、母娘の暗い愛憎劇を選んだこと。「娘を愛することができない母親」と「母親から愛されずに育った娘」をブレずに描き切ったこと。その勇気と努力は、現在のドラマ業界に必要なことなのかもしれない。

猛烈なコンプレックスを持ち、極端に憶病な少女を演じた菅野と、苦しみからエキセントリックな振る舞いになってしまう母親を演じた川島なお美。事実上のダブルヒロインとも言っていい2人の演技は圧巻だった。

主題歌はエルトン・ジョンの「YOUR SONG」。甘くロマンチックなメロディーに、ファンタジーな映像が重なり、感動的なエンディングを作り上げていた。

『ロンバケ』『協奏曲』『Age,35』『ナースのお仕事』

あらためて振り返ると、平成8年は「究極の愛とは何か?」を問いかけるような恋愛ドラマが多かった。主な作品は以下。

  • 山口智子

    山口智子

  • 常盤貴子

    常盤貴子

売れないピアニスト・瀬名秀俊(木村拓哉)と落ち目のモデル・葉山南(山口智子)の王道ラブストーリー『ロングバケーション』(フジテレビ系、木村拓哉、山口智子主演、主題歌は久保田利伸withナオミ・キャンベル「LA・LA・LA LOVE SONG」)。スーパーボールを投げるシーンは、いまだにパロディされるが、その他は意外にフィーチャーされないなど、シンプルな演出が多かった。

「強姦されたヒロインのラブストーリー」というショッキングなテーマで話題を集めた『真昼の月』(TBS系、織田裕二、常盤貴子主演、主題歌はスウィング・アウト・シスター「あなたにいてほしい」)。心の傷からひたすら男を試す女と、どれだけひどい目に遭っても女を愛し続ける男。遊川和彦の脚本らしい強烈なテーマを貫く作品だった。

  • 田村正和

    田村正和

  • 中井貴一

    中井貴一

田村正和、木村拓哉、宮沢りえの豪華キャストが集まった『協奏曲』(TBS系、田村正和主演、主題歌はヴァネッサ・ウィリアムス「アルフィー」)。ゆったりとした脚本、演出、音楽を楽しむ大人のドラマ。単なる恋の三角関係で終わらせず、男同士の憧れや嫉妬、自信と過信、さらに「生きる」「老いる」ことの本質なども丁寧に描かれていた。

原作・柴門ふみ、脚本・中園ミホらしい不穏なムードあふれる『Age,35 恋しくて』(フジテレビ系、中井貴一主演、主題歌はシャ乱Q「いいわけ」)。中井、田中美奈子、椎名桔平、瀬戸朝香の4人がダブル不倫になるドロドロの展開に視聴者は釘づけとなり、終盤は視聴率20%超を連発。ただ、さんざんあおったあげく、みんないい風になった最終回に拍子抜けの感も。

  • 観月ありさ

    観月ありさ

  • 松雪泰子

    松雪泰子

新米看護師・朝倉いずみの成長を描いた『ナースのお仕事』(フジテレビ系、観月ありさ主演、主題歌は観月ありさ「PROMISE to PROMISE」)。第4シリーズまで続き、映画化もされた国民的作品だが、医師ではなく看護師を主人公に据え、コミカルをベースにするなど、画期的なプロデュースが目立った。看護師志望の女性が増えるなど、果たした役割は大きい。

松雪泰子が「AV女優、風俗嬢、愛人」という暗い過去を持つヒロインを体当たりで演じた『硝子のかけらたち』(TBS系、藤井フミヤ主演、主題歌は藤井フミヤ「Another Orion」)。硝子(松雪泰子)の壮絶な過去を知っても愛する敦也(藤井フミヤ)をひたすら邪魔する如月(笑福亭鶴瓶)の徹底したヒールぶりが光った。ただ、フミヤの不自然な金髪メッシュが気になって物語に集中できなかった人は少なくない。

  • 竹中直人

    竹中直人

  • 松嶋菜々子

    松嶋菜々子

昼ドラのシリーズモノと言えばコレ。第6シリーズまで続いた『はるちゃん』(フジテレビ系、中原果南主演、主題歌はジョー・リノイエ「それだけしか言えない」)。加賀・山中温泉の旅館『翠明』の仲居となったはるちゃん。宿泊客の悩みを聞いたり、一緒にお酒を飲みに行ったりなどの人情派ぶりに視聴者は癒されていた。

それ以外では、竹中直人主演の大河ドラマ『秀吉』(NHK)、三倉佳奈・茉奈主演の朝ドラ『ふたりっ子』(NHK)、松嶋菜々子主演の朝ドラ『ひまわり』(NHK)、浅野ゆう子主演の『義務と演技』(TBS系)、堂本剛と堂本光一主演の『若葉のころ』(TBS系)、堂本光一主演の『銀狼怪奇ファイル』(日本テレビ系)、浅野温子と玉置浩二主演の『コーチ』(フジテレビ系)、安田成美と香取慎吾主演の『ドク』(フジテレビ系)、柏原崇主演の『将太の寿司』(フジテレビ系)、雛形あきこ主演の『闇のパープル・アイ』(テレビ朝日系)、佐藤藍子主演の『イタズラなKiss』(テレビ朝日系)などがある。

■プロフィール
木村隆志
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月20~25本のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』『TBSレビュー』などに出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』など。