「ファッション」と「テクノロジー」から成る造語であり、IT技術を活用してファッションの新しい価値を創出する「ファッションテック」。日々衣服を着て生活する私たちにとって、これからより身近なものになっていくかもしれない。

本稿では、ZOZOテクノロジーズで「Fashion Tech News」の編集長を務め、東京大学でファッションに関する研究を行う藤嶋陽子氏に、「ファッションテック」の可能性を聞いていく。

みなさんは、「ファッションテック」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? フィンテック、エドテックといったように、AIやIoTなどを活用した製品やサービスを生み出し、新たな仕組みや価値を創出する取り組み、いわゆるX-Techという言葉を、様々な領域で耳にする機会が増えていると思います。比較的デジタル化が遅れていると言われているファッション産業においても、この「ファッションテック」という潮流は、深刻な課題を抱える業界構造を大きく変えるものとして期待を集めています。そして、この「ファッションテック」が提示する可能性は、従来のビジネスの効率化だけではなく、ファッションの楽しみ方、持続可能な消費の在り方というように、ファッション文化の未来にも広がっています。

実際のところ、「ファッションテック」という括りのなかで取り扱われるテクノロジーは多岐に渡ります。他の領域と同じく中心となるのは、デジタル化の促進やデータ活用でしょう。ファッション産業においてもECでの販売やSNSでの情報発信が広まり、こういったデジタルプラットフォームを介して集積されるビッグデータの活用、AIシステムの開発、導入などが行われています。なかでも代表的なのは、在庫管理のための需要予測や顧客へのリコメンデーションシステムといったものです。また、こういったオフラインデータと店舗のデータを結びつけるOMO(Online Merges with Offline)のような取り組みも増えています。

しかしながら、ファッションテックにおいては上記のような販売に関わる部分だけでなく、衣服の生産、流通や廃棄、また衣服そのものに対するアプローチも存在します。そして、VRやARといったXR技術、スマートテキスタイルやスマートアパレルなど新たなデバイスの開発、バイオテクノロジーを活用した素材や生産手法の開発など、実に多様な先端テクノロジーが注目されています。

衣服はそもそも、針と糸という伝統的な技術によって作られ、マシーンを語源とするミシンが現在の生産構造を形づくってきました。このように、ファッションは元来、テクノロジーと表裏一体な関係にあるのです。それだけに今日の飛躍的なテクノロジーの進化は、これまでのファッション産業における生産方式や流通のサイクルの前提を置き換え、私たちにとっての衣服の役割、産業構造や価値システムを大きく変える可能性も秘めています。

この連載では次回から、「ファッションテック」という領域の中で議論されている課題について、先駆的な事例とともに紹介していきたいと思います。もしかすると、この記事を読んでくれている皆さんの中には、ファッションにはあまり関心がないという方もいるかもしれません。しかしながら、ファッションは人間にとってのコミュニケーション手段でもあり、身体と密接に関わるものでもあります。服を買う頻度やこだわりに差はあれど、私たちはみな、毎日服を着て暮らしています。だからこそ、ファッションとテクノロジーの融合を考えることは私たちの生活の中への、特に身体やアイデンティティにとても密接に結びついた部分でのテクノロジーの広まりを考えることでもあると思うのです。ぜひ、この「ファッションテック」についてご紹介する連載が、消費文化や身体環境の現在/未来について考えるきっかけとなれば嬉しいです。