いま米国ではフットボールシーズンがまさにたけなわといったところだが、その頂点に君臨するプロフットボール、NFLについてのちょっと意外なニュースをこの週明けに目にした。今年2年目の若手選手が、同じチームのベテラン選手のイジメに遭って精神的に参ってしまい、チームを離脱。いっぽう、イジメを加えたとされる選手もチームから無期限出場停止処分を受け、チームとNFL事務局が実態調査に乗り出した……という話で、NFL.comやスポーツ専門局のESPNには関連のニュースが溢れ、また一般紙のNYTimesや経済ニュースのBloombergでさえこの話題に触れている。
この騒動が持ち上がったのは、マイアミ・ドルフィンズという古豪チーム(ただし、ここ数年は戦績も観客動員数も低迷しているらしい)。そのドルフィンズに昨年ドラフト2巡めで入団したジョナサン・マーティンという若手の黒人選手が、10月末に突然チームから姿を消した。直接の原因は、チームのクラブハウス(?)にあるカフェテリアでマーティンが昼食をとろうと席に着いたところ、そこにいた他の選手らが一斉に席を立った、といった些細なことらしいが、実はそれまでにいろいろとイジメの積み重ねがあった、とNYTimesは記している。
この記事によると、NFLでは昔から(ドルフィンズに限らず)ルーキー選手に対する通過儀礼がいろいろとあるらしい。たとえば、先輩選手の防具を運ばされたり、おかしな髪型にされたり、ゴールポストにテープで縛りつけられたり、ロッカールームでは歌を唄わせられたり、軽食の調達に使い走りさせられたり……。「新人が遠征の際に先輩選手の荷物を運ぶ」というような話は、NBA(プロバスケットボール)のチームでもあると聞いたことがあったのでとくに驚きでもなかったが、NFLの場合は多くのチームで選手全員の食事代を新人が支払うといった慣例があり、実際に5万4896ドルも支払った例もあった、などと書かれている。またマーティンの場合は、自分が参加しなかったラスベガス旅行の餞別として1万5000ドルを出すように強要された、という話も出ている。
またBloombergでは、ESPNの報道を引用しながら、マーティンに対して度を超えた意地悪をしたとされる先輩選手、リッチー・インコグニートから、人種差別的な誹謗中傷や肉体的な危害を加えるとする脅しを含んだ留守電やテキストメッセージが送られたこともあったと記している。
この騒動をいっそう興味深くしているのは、若いマーティンと「悪役」インコグニートのキャラの対比。マーティンはいわゆる「良家の子弟」で、プロ入り前にはスタンフォード大学のチームで活躍し、オール・アメリカンにも2度選ばれたという「文武両道」的な優等生タイプ。おまけに両親は揃ってハーバード大卒の秀才一家だ。ちなみに父親は学者、母親は米国トヨタの法務部門幹部で、ジョナサン本人もスタンフォードとハーバードとどちらに進むか迷った挙げ句、スポーツ選手への奨学金があるスタンフォードを選んだのだとか。
それに対して、白人のインコグニートのほうはといえば、大学時代からフィールドの内外で何度か問題を起こしている、いわゆる「荒くれ者」的なキャラとして知られている。頭突きを加えて5万ドルの罰金を課せられたとか、審判への悪態など1試合で3度もトラブルを起こして処罰されたなどとNYTimes記事にはあるが、それでも2010年にはプロボウル(オールスター戦)に出場したというから実力もそれなりにある選手らしい(肉弾戦を得意とするポジションで9シーズンも現役を続けている、というだけでもすごいが)。また近年では改心したと見え、マイアミの選手会幹部(leadership council)に選ばれてもいたという。
先輩選手によるイジメに、正面から立ち向かい自分で問題を解決しなかったマーティンに対して、「子供でもあるまいし……」というNFL関係者の声もあれば、「程度の差はあれ、新人に対するからかいはどこのチームにもあること」という先輩寄りの意見もあれば、逆に「自分は若い頃、イヤな思いをしたことなどなかった」といった選手のコメント、「度を超したからかい(悪ふざけ)を防止できなかった球団側やコーチ陣の監督不行き届き」とする見方、さらには「コーチは、素行に少々粗暴なところがあっても、試合中に役に立つインコグニートのような選手のほうが、物腰の柔らかいマーティンのような選手よりも好き」という指摘など、さまざまな反応が出ている。
また「イジメをしたとされるインコグニート自身が、子供の頃にはイジメられっ子だったと以前に明かしていた」「そんなインコグニートの目には、チームのカルチャー(悪風)にも染まらず、泰然としているように見えたマーティンが脅威と映った」といった見方もあって、なかなか興味深い。
ESPNのある記事には、マーティンがインコグニートを相手に訴訟を起こし、そのイジメによってプロフットボール選手としてのキャリアを断たれたと裁判で証明された場合、最大で1700万ドル程度の賠償金を受け取る可能性もある、と書かれている。これはマーティンがNFLで問題なく選手生活を続け、「通算で500万ドル稼ぐ」との前提に基づいた試算らしいが、フロリダ州の法律には被害額の「3倍返し」という規定があり、それに訴訟費用などを合わせた金額が合計で1700万ドルになるという。
なお、Sportstracによると、マーティンの年俸は昨シーズンが86万9867ドル、今シーズンが108万7333ドル(いずれも契約金の4分の1にあたる47万9867ドルを含む)。それに対して、インコグニート(NFL歴9年目の30歳)の年俸は今年538万3333ドルとなっている。
参照情報
・ In Bullying Case, Questions on N.F.L. Culture
・NFL Player With Elite College Degree Became Bullying Target
・NFL personnel question 'coward' Martin for not challenging Incognito