5月26日~27日に開かれる伊勢志摩サミット(主要国首脳会議)が目前に迫ってきました。8年ぶりに日本で開催される今回のサミットは、三重県賢島の美しい景観、テロ対策のための厳重な警備、そしてオバマ米大統領の広島訪問など、いつになく注目度が高まっています。しかし本来の最大のテーマは「世界経済」であり、財政出動でどの程度合意できるかです。開催国の首脳として議長を務める安倍首相は、世界経済を安定させるための経済政策で議論をリードし、その成果をもとに消費増税延期決定、参院選勝利へとつなげたい考えです。

当面の主な政治日程

サミットはもともと、1973年の石油危機による世界不況に対応するため1975年から毎年開催されているもので、今回で42回目となります。参加メンバーは日本、米国、英国、フランス、ドイツ、イタリア、カナダの7カ国で、各国が持ち回りで開催しています(1998年からロシアも正式メンバーとなりましたが、ウクライナ問題によって2014年以降はロシアの参加資格を停止しています)。

景気のテコ入れには財政出動が必要な情勢

サミットが日本で開かれるのは2008年の洞爺湖サミット以来ですが、実はその開催場所を洞爺湖に決めたのは第1次政権時代の安倍首相でした。2007年のことです。ところが安倍首相は同年9月に退陣したため、洞爺湖サミットで議長を務めたのは後任の福田康夫首相(当時)でした。それだけに、安倍首相の今回のサミットにかける意気込みには並々ならぬものがあることでしょう。

同時に、現在の日本経済は非常に重要な局面にさしかかっています。消費低迷が長引き、海外経済波乱の影響も加わって、アベノミクスの息切れも指摘されています。これまでのアベノミクスでは第1の矢である金融政策にかなりの比重がかかっており、第2の矢である財政政策は財政赤字の制約があるためややインパクト不足でした。しかしこのところ停滞感が強まっている景気をテコ入れするには本格的な財政出動が必要な情勢になっています。

このため安倍首相は大型の補正予算編成を検討するとともに消費増税延期を決断したとの報道も出ています。現在の景気の状態で消費税を増税すれば、再び前回(2014年4月)の増税後のような消費の落ち込みを招き、ヘタをすればアベノミクスが失速しかねない、デフレ脱却に失敗しかねないとの判断がこの背景にあります。

安倍首相としては今回のサミットで、世界経済の安定のために金融政策、財政政策、構造改革の「G7版3本の矢」を提唱し、特に財政出動で合意できるよう準備を進めてきました。その地ならしとして、5月の連休中には欧州を歴訪し各国首脳と会談を重ねました。

サミットの成果が消費増税延期の根拠に

サミットで狙い通りの成果を上げることができれば、アベノミクスが国際的な信認を得たことになります。国内的にもアベノミクスへの評価を再び高めるとともに、消費増税延期の根拠にもなります。

しかしサミットにおいて財政出動で合意するのは簡単ではなさそうです。特にドイツが財政出動に慎重な姿勢を崩していません。もともとドイツは財政健全化を重視しており、サミット参加国では唯一、財政黒字を保っています。あのギリシャ危機でもドイツはギリシャに対し厳しく財政緊縮を求める姿勢を貫き、ギリシャ国民から反発を受けていたほどです。

ドイツだけではなく、6月23日にEU離脱の是非を問う国民投票を控えている英国も財政出動には慎重な姿勢を示しています。欧州各国は難民問題で財政支出増を迫られており、景気対策として財政出動の余地が少ないという事情もあります。国によって温度差があるのが実情なのです。

サミットの"前哨戦"となるG7(先進7カ国)財務相・中央銀行総裁会議がこのほど仙台市で開かれましたが、ここでも「財政出動での合意」には至らず、「各国がそれぞれ判断する」という内容にとどまりました。

日本はサミットで引き続き財政出動での合意をめざす構えですが、明確な合意へのハードルは高そうです。しかしそうはいっても、何らかの形で政策協調の姿を示す必要がありますから、仙台G7の「各国が判断する」のように、あいまいな「玉虫色」の表現で決着する可能性が考えられます。

ただそれは、財政出動で明確に合意できなかったとしても、日本が財政出動することを否定しないとの意味にもなります。安倍首相が「G7版3本の矢」と呼ぶ金融政策、財政政策、構造改革の3本柱については、呼称はともかくとして各国に異存はないと思われます。

すでに今年2月に上海で開かれたG20財務相・中央銀行総裁会議の共同声明で、世界経済の成長のため「我々は全ての政策手段――金融、財政、および構造政策――を個別にまた総合的に用いる」とうたっています。その3つの政策手段のうち、どれに重点を置くかは国によって、あるいは時期によって違ってきますが、それ自体の国際的なコンセンサスはすでにある程度できていると見ていいでしょう。

したがって今回のサミットで少なくともこの考え方が踏襲されるなら、日本の財政出動、消費増税延期も容認されることになります。ただサミットで消費増税延期を表明する可能性は小さく、日本としては金融政策ではこれまでの日銀の金融緩和の内容、財政政策では2016年度予算、構造政策でアベノミクスの成長戦略、1億層活躍プランなどを説明して、各国の理解を得ることをめざすでしょう。

一方、財政出動については日本の主張に近い米国ですが、為替についてはこのところ日米の間で立場の違いが目立っています。最近の円高について米国は「無秩序とは言えない」として、為替政策をめぐって日本を「監視リスト」に加えました。これに対し日本は「最近の円高は秩序立った動きとは言えない。当然、円売り介入の用意がある」(麻生財務相)としています。サミットの場では為替について踏み込んだ議論を戦わせる可能性は少ないのですが、どのように扱うかは一応注目しておいていいテーマの一つではあります。

いずれにしても、こうした議論を踏まえてサミット終了後に消費増税延期を正式に発表する――各種報道を総合すると、これが最も可能性の高いシナリオと思われます。5月27日のサミット終了後に安倍首相の記者会見が予定されていますので、早ければその場。あるいは6月1日に今国会が会期末を迎えますので、国会閉会時に行われる恒例の首相記者会見で消費増税延期を正式発表するかもしれません。

サミット日本開催の年に衆院解散が多い

サミットは一種の政治ショーとも言われます。確かにその側面はあります。特に今回はオバマ大統領の広島訪問も含めて、安倍首相にはサミットの成果をアピールし、7月の参院選を有利に戦うとの思惑も当然あるでしょう。

これまで、消費増税延期とセットで衆院を解散し衆参同時選挙へ、というシナリオがささやかれていました。余談になりますが、サミットが日本で開催される年に衆院解散が多いという不思議な関係があります。初めての日本開催となった1979年の大平内閣の時から、1986年の中曽根内閣、1993年の宮沢内閣、2000年の森内閣と、4度続けてサミット開催の年に解散・総選挙が行われています。これには偶然もありますが、やはりサミット開催で盛り上がるので政権与党に有利という計算もあるかもしれません。

日本で開催されたサミット

今回もそのパターンかと思われましたが、熊本地震が起きたことで安倍首相は解散を見送る意向だと報道されています。それでも参院選はありますから、そこで消費増税延期について信を問うことになります。

と同時に、そうした政治的な側面だけではなく、今回のサミットをきっかけにアベノミクスを再構築できるか、景気の再点火に成功するかどうかにも注目しましょう。伊勢志摩サミットが今後の日本経済にとって重要な節目となる可能性があることを強調しておきたいと思います。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。