まさかの"トランプ旋風"、その背景は?
アメリカ大統領の候補者選びは、15日に行われた「ミニスーパーチューズデー」で共和党のトランプ氏が大票田のフロリダ州などで勝利しました。"トランプ旋風"は衰えを見せず、指名獲得に向けてさらに前進する結果となりました。
一方、民主党ではヒラリー・クリントン前国務長官が順当に勝利しました。このままいけば本選でトランプ氏とクリントン氏の対決となる公算が大きいようですが、もし「トランプ大統領」が現実になれば世界中に波紋を広げ、日本にも大きな影響が出る恐れがあります。
トランプ旋風が予想以上に長続きしている背景には、アメリカ国民の政治不信の高まりがあります。トランプ氏は「イスラム教徒を入国させない」「メキシコとの国境に壁を作る」など過激な発言を繰り返し物議を醸していますが、それが逆に、現状に不満を持つ人たちの支持を集めています。
アメリカ経済はリーマン・ショックから立ち直って景気回復が続いており、失業率も8年ぶりに5%を下回るなど経済状態はかなり改善しているはずなのです。しかしその陰で低所得者は増えており、移民の増加や人種問題など社会の軋轢も広がっています。こうした現状に対する不満ととともに、問題を解決できないでいる既存の政治家への不信感も高まっているのが実態であり、多くの国民が「変化」を求めていることがトランプ氏への支持につながっていると言えます。このようなアメリカが抱える政治的社会的背景には十分に目を向ける必要があると思います。
民主党のサンダース上院議員がこれまで善戦してきたのも、同じ背景と見ることができます。サンダース氏は民主社会主義者を自認しており、アメリカの政治家が「社会主義者」を名乗るのはきわめて異例のことですが、同氏は若者の支持を広げているそうです。右派のトランプ氏とは政治的には正反対ですが、両氏ともに既存の政治家ではない「アウトサイダー」である点が共通しており、それが支持の背景にあるというわけです。
逆に、本命のはずのヒラリー・クリントン氏は元ファーストレディであり、前国務長官で、既存の政治家そのものです。同氏が序盤戦でやや苦戦したのも、それが理由の一つと言っていいでしょう。
アウトサイダーが人気を集めた過去の大統領選
歴代の米大統領 |
しかし過去の大統領選を振り返ると、アウトサイダーが人気を集めたこと自体は珍しくありません。現職のオバマ大統領は2008年の大統領選で上院議員1期目の途中での出馬でしたので、ほとんどアウトサイダーだったと言えます。ワシントンの色にまだほとんど染まっていない新鮮なイメージのオバマ氏が「change(変化)」を訴えてブームを巻き起こしたことは記憶に新しいところです。
さらにさかのぼれば、ビル・クリントン大統領(民主党)はアーカンソー州知事から、レーガン大統領(共和党)はカリフォルニア州知事からなど、ワシントン政治家ではない"アウトサイダー"の方が多いぐらいです(ちなみに、オバマ大統領の前任であるブッシュ大統領もテキサス州知事出身ですが、父親が元大統領ですので「アウトサイダー」とは言えないようです)。
極端なポピュリズムは危険
しかし同じようにアウトサイダーと言っても、トランプ氏の場合は明らかに異質です。過激すぎる発言もそうですが、政策の内容でも極端で非現実的なものが多いのです。たとえば大幅減税。所得税の最高税率を現行の約40%から15%に引き下げる、低所得者の所得税はゼロにする、法人税を現行の35%から15%まで引き下げる――などと主張しています。
確かに国民受けする政策でしょう。しかしある試算によれば、その減税規模は約10兆㌦(1130兆円)に達するそうです。アメリカの予算規模が約4兆㌦前後ですから、どうやって減税を実施すると言うのでしょうか。
また時代錯誤的な考え方や事実誤認も目立ちます。日本の円安と輸出攻勢をさかんに批判し、「コマツの輸出のせいでアメリカの建設機械大手のキャタピラーが困っている」と例を挙げていますが、コマツがアメリカで販売している製品は米国工場で生産したものがほとんどなのです。同社は30年前にテネシー州に初めて生産工場を建設して以来、すでに5つの工場で油圧ショベルやフォークリフト、部品などを生産しています。日本企業の中でもアメリカ現地生産をいち早く開始した企業であり、数多くの雇用も生んでいます。
トランプ氏はそんなことは一切無視して事実に反する発言をしているわけです。そしてこの論法は80年代の貿易摩擦の時期によく言われていたものです。トランプ氏の話には続きがあって、「メキシコとの国境に壁を作るときはキャタピラーの建設機械を使う」と発言しており、あたかも日本とメキシコを悪役に仕立てているかのようです。
そしてトランプ氏の主張のもう一つ重要な特徴が、孤立主義的な考え方です。孤立主義とは、他国との協調を避けて「アメリカは我が道を行く」と言った考え方で、他の国のことに関与するのはやめてアメリカは手を引くというものです。完全に手を引くまでには至らなくても、海外に展開する米軍基地や駐留兵士を減らすことにつながり得ます。
日米安保についても「アメリカは日本が攻撃されたら助けるのに、アメリカが攻撃されても日本は助ける必要がない。これは不公平だ」と発言しています。こうしたトランプ氏の考え方は中国への抑止力を弱める恐れがありますし、アメリカの世界戦略は根底からくずれることにもなりかねません。中東情勢に影響する可能性もあり、国際情勢の不安定化につながることが危惧されます。
このように見てくると、トランプ氏の政策や考え方の軸となっているのは極端なまでのポピュリズム(大衆迎合主義)であることがわかります。それはアメリカにとっても、世界にとってもきわめて危険な現象です。しかも気になるのは、トランプ旋風に押されて他の候補も主張を"トランプ寄り"に変える傾向が出ていることです。
たとえば、TPP(環太平洋経済連携協定)について、反対を強く主張するトランプ氏に影響されて民主党のクリントン氏も反対の姿勢を強めていますし、従来は賛成を表明していた共和党主流派候補のマルコ・ルビオ氏までが「賛否を留保する」と急に態度を変えました。
TPPのように国際的交渉でやっと合意にこぎつけた政策を選挙戦のために簡単に変更してしまうことは、まさにポピュリズムの最たるものと言わざるを得ません。アメリカの政治の混迷と劣化の象徴的な現象です。トランプ氏の極論に対して他の候補がきちんと政策で批判し、自らの政策を訴えていくことこそ必要ですが、そうなっていないのが気がかりです。
日本にとってはトランプ氏が大統領になれば厳しい関係になることが予想されます。経済面でもTPPの仕切り直し、円安批判あるいは円高誘導などの恐れがあります。ではクリントン氏なら問題ないかというと、そうでもありません。前述のTPP反対の他に、円安批判の発言もしています。
大統領選は今後、6月まで各州の党員集会・予備選が行われ、両党とも7月の全国大会で最終的に候補者を決定します。現時点では、共和党トランプ氏、民主党クリントン氏となる可能性が最も高くなっていますが、共和党ではトランプ氏への反発も強まっており、すんなり行くとは思えません。
ただ、「トランプ阻止」の有効な手段が見つかっていないのが実情です。特に15日の「スーパーチューズデー」で、これまで第3位につけていたマルコ・ルビオ上院議員が地元フロリダで敗れ撤退を表明したことは、党主流派にとって痛手となりました。このままトランプ旋風が続いて指名獲得まで突き進むのか、それとも党主流派が阻止に成功するのか、せめぎ合いがまだまだ続きそうです。
執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)
1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。