連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。
ECB(欧州中央銀行)がついに「量的金融緩和」
ユーロ圏の各国で構成するECB(欧州中央銀行)がついに「量的金融緩和」に踏み切りました。景気低迷が長引きデフレに陥る懸念が強まったため、市中に供給する資金の量を増やして景気テコ入れとデフレ阻止をめざすことが狙いです。ECBはこれまでも量的緩和を模索してきたものの踏み切れないでいましたが、最後にその背中を押したのは原油安でした。
まず量的緩和とは何かを説明しておきましょう。通常、中央銀行は政策の目安となる金利(=政策金利)を上げたり下げたりして景気と物価の安定を図ります。
景気が悪くなると政策金利を下げること(=利下げ)によって企業や個人の金利負担を軽くして景気を刺激します。これが金融緩和です。
ECBはこれまで景気の低迷に対応して政策金利を段階的に下げてきましたが、現在では0.05%とゼロに近づき、これ以上は利下げできないところまで来ています。そこで今度は金利の上げ下げではなく、資金の供給量を増やす政策に変更したものです。これが量的緩和です。
具体的には、ユーロ圏各国の国債を保有している民間銀行から、ECBがそれら国債を買い取り、その代金を民間銀行に支払います。銀行がそのおカネで企業や個人向けの貸出を増やすことによって、世の中に広くお金が回るようにしようという方法です。ECBが買い取る各国国債の規模、つまり供給するおカネの量は今年3月から少なくとも2016年9月までの19カ月間、毎月600億ユーロ(約8兆円)、総額で1兆ユーロ超(約150兆円)にのぼります。
このような量的緩和はリーマン・ショック後にいち早く米国のFRB(連邦準備理事会)が導入し、昨年末に終了するまで3度にわたって実施しました。日銀もアベノミクスの「第1の矢」として2013年4月から実施しています。
ドイツなどが強く反対、インフレやバブルを懸念
ECBも昨年から量的緩和導入を議論してきましたが、ドイツなどの強い反対で実施に踏み切れないでいました。反対の理由は、量的緩和によって大量のお金がじゃぶじゃぶ状態になりインフレやバブルを生む心配があるからです。
これには歴史的な背景があります。ドイツは第1次世界大戦後に敗戦と戦後賠償金の支払いなどの影響で物価上昇率1万%以上という超インフレに見舞われました。パン1個が1兆マルクになったとか、コーヒー1杯を飲んでいる間に値段が何倍にもなったというウソのような実話が残っているほどです。フランクフルトにあるドイツ連邦銀行(ユーロ発足前のドイツの中央銀行)の通貨博物館には、その頃発行された100万マルク札や100兆マルク札などの紙幣が展示されてあります。以前にこれを見た時「あの悲惨な超インフレを二度と繰り返してはならない」というドイツの強いメッセージを感じました。
このような歴史からドイツ連銀は「インフレを絶対起こさない」という強い使命感を持って金融政策を進めてきました。ユーロ統合によって発足したECBもその精神を受けついでいるのです。そのような精神は中央銀行としてきわめて重要なことですが、そのことから金融緩和には慎重になる傾向がECBには見受けられました。従来からの利下げもスローペースでした。
欧州の景気低迷は止まらず、物価上昇が鈍化
しかし欧州の景気低迷は止まりません。2010年以降のギリシャ危機など欧州各国が財政危機に対応するため、EUなどからの金融支援を得る代わりに増税や歳出削減などの緊縮策を実施した結果、財政の危機的状況は一応脱することは出来たものの、景気の悪化に拍車をかけてしまったのです。
そして景気低迷の長期化によって物価上昇が鈍化し続けました。2011~2012年頃は前年同月比で2%台の上昇率で推移していましたが、2013年2月に2%割れ、同年10月に1%割れとなり、2014年もさらに低下が続いていました。そして2014年12月にはマイナス0.2%と下落に転じました。このままではデフレに陥ってしまうおそれが強まったわけです。
最悪のタイミングで原油安、ECBは量的緩和を最終決断
まさにそのタイミングで原油価格の下落が加速したのでした。原油安は物価全体を下げる効果があります。実際、12月の消費者物価の品目分野別にみると、エネルギー価格は6.3%の下落で、これが全体をマイナスにした最大の要因でした。この連載でこれまで何度か指摘したように、本来なら原油安は消費国経済にとって恩恵なのですが、現在の欧州の経済の状態では物価下落→デフレとなってしまうのです。
また原油安がロシア経済を悪化させ、それが経済関係の深い欧州に跳ね返ってくるリスクも高まっています。ウクライナ情勢も依然として欧州にとって懸念材料です。こうして欧州にとって、原油安のマイナスの影響が米国や日本以上に大きくなる可能性があるわけです。こうしたことがECBに量的緩和を最終決断させた大きな要因となったことは間違いないでしょう。
量的緩和だけでは不十分、成長戦略が重要
ただ今後のことを考えると、いくつか問題も残っています。量的緩和は景気のテコ入れには一定の効果を発揮しますが、それだけでは不十分だということです。経済を立て直すためには経済活動を活性化させ成長を促す政策が不可欠ですが、今のところ欧州各国政府には目に見えた動きは出ていないのが実情です。アベノミクスにたとえれば、量的緩和=第1の矢は放たれましたが、第2の矢、第3の矢が必要です。欧州の場合は第2の矢=財政出動は各国の財政赤字の状況から見て望み薄ですので、第3の矢=成長戦略が重要です。
ギリシャ総選挙の結果も気になります。急進左派連合が勝利したことで、今後のギリシャの政権の行方、そしてEUとの関係や緊縮策の見直しが具体化されるのか、その展開によっては景気にも影響を与える可能性があります。
そもそも、原油価格の先行きもいまだに不透明です。いずれ原油安のプラス効果が欧州にも表れるものと思いますが、短期的には不安定な動きが続くでしょう。
このように欧州は当面の世界経済にとって最大の焦点となっています。しばらくは欧州から目が離せません。
執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)
1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。