今から40年前、若者の間では「同棲」がブームになりました。自由恋愛のムードが高まり、若い男女の同棲をテーマにした漫画やフォークソングが大ヒット。男女が一緒に暮らすことに憧れる若者が増えたのです。ただ当時の「同棲物語」は、「女性の妊娠発覚→堕胎→カップルの破局」という悲しい結末を迎えるのが当たり前でした。なぜそんなに暗いのか?

「三畳一間の同棲生活」で描かれたビンボーな純愛

三畳一間の下宿で仲むつまじく暮らす、学生カップルの思い出ソング『神田川』を初めて聴いたのは10歳の頃。父親がたまたま持っていた、南こうせつのCDがきっかけです。幼心に「なんて切ない歌なのだ!」と感動し、男性シンガーが女性目線で歌っているのも何だか淫靡な気がして、夢中になりました。「ねぇねぇ、歌詞にある『下宿』って何? 風呂がない部屋に住んでたってこと? あと女の人がさ、男の人の「やさしさが怖い」って、どういうこと? この2人は結局、別れちゃったわけ?」などと矢継ぎ早に質問し、親を困惑させた記憶があります。

100万枚を超えるセールスを記録した『神田川』は、後に映画化。大学生と、印刷工場で働く少女の恋愛物語となりました(映画『神田川』1974年、東宝)。同じく72~73年、双葉社『漫画アクション』では、上村一夫の『同棲時代』(双葉社)が大ヒット。売れないイラストレーター、次郎(23)と、小さな広告会社に勤める今日子(21)。ともに地方から上京してきた2人が恋に落ち、ひとつ屋根の下で暮らし始めるというストーリーです。これまた映画化、ドラマ化され、「同棲ブーム」を巻き起こしました。

今でこそ、独身男女が一緒に暮らすのはよくあること。ただ、70年代は「結婚前の男女が一緒に暮らすなんて、ふしだらだ」という人が多数派でした。同棲では「婚前交渉」が前提になりますが、当時は「そんなの、もってのほか」。NHKが73年から実施している「日本人の意識」調査によると、同棲がブームになった73年に、「結婚式がすむまでは性的まじわりをすべきでない」と考える人が58.2%もいるのです。「愛し合っているならよい」は19.0%にすぎません(13年には「愛し合っているならよい」が46.2%で最多)。40年前に青春を送った若者にとって、同棲は許されない、でもちょっと憧れるライフスタイルだったのでしょう。当時の大学進学率は、今よりずっと低く、約2割。『神田川』で描かれたような大学生も、希少人種でした。

なぜか悲劇の結末を迎える同棲カップルたち

「同棲ブーム」といえど、若い男女の共同生活には、暗くて淫靡、そして貧しいイメージがつきまといます。まず、部屋が狭い。『神田川』では風呂なしの「三畳一間」、わずか4.95平方メートルです。賃貸情報サイトなどには、「2人暮らしなら40~50平方メートル以上が理想」と書いてありますので、三畳一間はあまりに窮屈です。寒い夜、手ぬぐいをマフラー代わりに首に巻きつけるほど、着るものがなかったのでしょうか。「神田川」は、貧乏な学生生活を描いた一種のファンタジーともいえますし、その「貧しさ」は将来への明るい希望も含んでいたのでしょう。が、いかんせん貧しい。

『同棲時代』の舞台も、古い木造アパートです。狭い部屋に、ちゃぶ台と布団と机、タンスが共存。ふすまには穴が開いています。売れないイラストレーターと、しがないOLの2人暮らしは、どことなく湿っぽい。のんきな次郎とは対照的に、今日子は不安を抱えています。仕事や結婚、セックスなど、全てを曖昧にしていられる同棲生活。「結婚」となると互いに責任も生まれますが、2人の同棲は、単に色んな決断を先送りにしているだけ、とも取れます。今日子の胸には、モラトリアムな生き方に対する罪悪感や、性愛への虚無感が漂う。そのうち今日子が妊娠すると、次郎はうろたえ、今日子は堕胎を選びます。だんだんと精神を病んでいく今日子……暗い。そういえば『神田川』の映画版(大学生の真と、印刷工場に勤める貧しい少女、みち子の同棲物語)でも、みち子が妊娠し、堕胎させられる悲劇です。70年代の同棲は、「自由恋愛」の開放的なイメージとは裏腹に、女性の茫漠とした不安、堕胎という悲しい結末がつきまとうのでした。

当時の20代は、今の団塊世代や、その少し下の世代に当たります。ジーンズやミニスカートなどの流行モノに身を包み、モラトリアムを謳歌していた若者たち。見合いと恋愛結婚の割合が逆転するなど、古い価値観からの開放も進みました。とはいえ、男女関係にはまだまだ「古さ」が残っていた。『同棲時代』も『神田川』も、女性が妊娠するものの、涙ながらに堕胎という悲劇。まるで「婚前交渉」をした罰を受けたかのよう……とは大げさですが、同棲カップルの結末は、一様に暗い。モラトリアムの象徴である同棲生活は、いつか終りを迎えなければならなかったのです。

今は楽しいけど、いつまでもこうしてはいられない。甘い夢ばかり見ているわけにはいかない。必ず不幸な結末を迎える「同棲物語」は、そんな若者の気分と相まって広く受け入れられたのでしょう。00年代の今も、同棲が必ずしも明るく楽しいものだとは言えない理由は、この暗いルーツに関係しているのかもしれません。

<著者プロフィール>
北条かや
1986年、石川県生まれ。同志社大学社会学部、京都大学大学院文学研究科修了。 会社員を経て、14年2月、星海社新書より『キャバ嬢の社会学』を刊行。
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イラスト: 安海