月23万円の「小遣い」、生活費は3万円

月の小遣いは23万円。外食、ゴルフ、洋服などで使い切っている――。どこかの中小企業経営者の話ではない。愛知県幸田町の実家に住み続ける藤田一夫さん(31歳)である。名古屋大学の大学院を出て、愛知県内の自動車関連企業に勤務する藤田さんの年収は700万円を超える。手取りも520万円と高めだ。

金額的には同世代の大卒者よりも少し恵まれている程度だが、注目すべきは彼の尋常でない「小遣い」金額である。月35万円程度の手取り収入(ボーナスは別)だが、実家に生活費として入れているのは3万円に過ぎない。残り32万円のうち、9万円は給与天引きで貯金をしている。余った23万円およびボーナスはすべて遊び金に使っているというのだ。喫茶店を経営していて豊かとはいえない実家にもう少し入れたらどうか。

「子どもが実家に入れたお金はいずれ結婚する日のために積み立てておく、というのが僕の認識です。でも、うちはそれをせずに生活費に使っています。それについては異論がない代わりに、僕の生活については何も文句を言わせませんよ。布団も干してくれるし、飯は帰ればあるけれど外食や外泊も自由だし。すごく楽です。家がボロすぎるのでそろそろ出ようかな、とも考えていますけどね」

親孝行、という言葉の意味を小学校時代に習い忘れたような言いぶりである。一方で、地元の仲間との関係性は30歳を過ぎても濃密に続いている。

「僕が通った町立小学校では卒業生が全員で壁画を描くんです。30歳を記念して塗り直すことにしたら、1学年40人中20人が参加してくれました。毎年の大みそかには、お寺の子のところに遊びに行って除夜の鐘をつかせてもらいます。中1のときからの恒例行事です!」

同期とはバンド、幼馴染とは?

1クラスではなく1学年が40人なのも人間関係が続く要素なのかもしれない。大学院卒で大企業の正社員という藤田さんは、地元では突出したエリート層になるが、いまだに実家暮らしという点も周囲の共感を得ているのだろう。同時に、県内出身者の多い会社の同僚たちとも仲良くやっているようだ。

「生活水準が近いので、ちょっといいものを食べに行くとか旅行をするときなどの話が合いやすいですね。三河出身の同期とバンドも組んでいます。入社したとき、県外から来たやつらが実家の飯がないので毎晩飲み歩いているのを見て、『俺らも負けていられない。遊ばなくちゃ!』と盛り上がったのがきっかけです」

ただし、会社の同僚との会話は、仕事の愚痴や社内の噂話などに堕する危険もはらんでいる。「ネガティブでつまらない話」が大嫌いな藤田さんは、そのたびに地元の幼馴染たちとのぶっちゃけトークの心地良さを感じる。

「アルバイトをしていたときや風俗に行ったときの面白い話を何度でもして楽しんでいます。損得勘定の入らない地元の友だちはいいなあと思います。空気が読めないヤツが『収入を教えて』なんて言ってくると気まずい雰囲気になりますけどね」

藤田さんは高校生時代から6年間、岡崎市にある結婚式場でアルバイトをしていた。同じ高校出身のバイト仲間も多く、今では彼らも幸田町に呼んで遊んでいる。

会社で仲良くなった人たちをバイト仲間や地元の友だちと混ぜて、実家の庭を使った流しそうめんパーティーを毎年行っていると藤田さんは誇らしげに語る。近所の竹林で切り出した10メートルの竹を使うというワイルドな趣向らしい。自然豊かな地元ならではの遊びだ。ゴルフのようにお金はかからないため、可処分所得の多寡に関わりなく誰でも参加できるのもポイントだろう。

実家の庭で毎年開いている流しそうめんパーティー(写真好きの藤田さん撮影)

海外には「奥さんを連れて行きたい」が……

地元が好きで野心もある大卒者の場合、実家から通える範囲で世界的なメーカーの拠点がひしめく愛知県は恵まれた環境にあると言える。藤田さんは就職活動を振り返ってくれた。

「自動車には世界の最先端技術が詰まっているので魅力を感じていました。大学院の研究内容も活かせます。社内にも研究室のOBがやたらに多いです。僕は『車を空に飛ばしたい』という夢があり、中小企業の社長さんにも一緒にやろうぜと誘ってもらったのですが、現実的に考えると大きな会社でなければ自分の技術を世に出すのは難しいと思いました。入社してからも僕の判断は間違っていなかったと感じますが、偉くならないとやりたいことはできません。だから偉くなりたいです」

給料のことはまったく触れないところに、大企業勤務で実家暮らしのインテリヤンキーの余裕を感じさせる。しかし、世界展開している大企業の社員たるものいずれは外に出る日もやって来る。結婚も「まだまだ」と言っている年齢ではない。

「東京に行ってみたいし住んでみたいという気持ちはありますけど、年を取ったらやっぱり幸田町にいたいですね。今後はグローバル生産がますます加速するので、海外の文化も早いうちに体験したいです。そのときは奥さんを連れて行きたいな。僕は寂しがりなので……。子育てのことを考えると、お互いの実家が近いほうがいいなとも思っています」

ちなみに、藤田さんが実家の外で暮らしたのは、入社後の工場研修のために他県に住んだ3ヵ月間のみ。仕事上の必要性があれば海外に出ることも厭わないが、心は常に地元を向いているのだ。

国際的なNGO団体が好んで使う標語に「Think Globally, Act Locally」がある。世界視野で考えて身近な地域で行動しよう、という意味だ。インテリヤンキーの藤田さんには「Think Locally, Act Globally」のほうがよく似合う。

<著者プロフィール>
大宮冬洋(おおみや・とうよう)
フリーライター。1976年埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に就職するがわずか1年で退職。編集プロダクションを経て、2002年よりフリー。愛知県在住。著書に『バブルの遺言』(廣済堂出版)、『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました』(ぱる出版)など。食生活ブログをほぼ毎日更新中。毎月第3水曜日に読者交流イベント「スナック大宮」を東京・西荻窪で、第4日曜日には「昼のみスナック大宮」を愛知・蒲郡で開催。

イラスト: 森田トコリ