投資の初心者が知っておくべきこと、勘違いしやすいことを、できるだけ平易に解説しようと思います。今回は米国の雇用統計を解説します。「雇用者」とは、雇用する側=企業を指す場合と、雇用される側=労働者を指す場合があります。ここでは金融市場の慣例に従い労働者の意味で使っています。

  • アメリカの雇用統計はなぜ注目されるのか?

毎月第一金曜日の夜に発表

FX(外国為替証拠金取引)の世界では、原則として毎月第一金曜日(※)の夜にお祭りがやってきます。米国東部時間の金曜日午前8時30分に前月分の雇用統計が発表されるからです。雇用統計の発表を受けて、為替相場だけでなく、株価や債券の価格も大きく動くことがあります。
(※)厳密にはデータ集計の終了から3週間後の金曜日なので、第二金曜日となることもあります(2019年2月分の雇用統計発表は3月8日)。

米国の雇用統計は最も注目度の高い経済指標といって間違いないでしょう。それはなぜか。翌月の初めに発表されるというタイミングの早さや、発表されるデータの豊富さなども理由でしょう。

そして、何よりも、相場が大きく動くことがあるから皆が注目し、皆が注目するから相場が大きく動くことがあるためでしょう。禅問答のようですが、相場が動くには理由があります。

米国の雇用は景気そのもの

米国では、経済情勢に応じて雇用がリアルタイムで変動します。企業は景気が良くなれば雇用を増やし、悪くなれば雇用を減らします。解雇や再雇用が容易なレイオフという制度があるからです。日本の労働市場も昔に比べれば流動的になってきましたが、それでも米国にはかなわないでしょう。

米国では、「雇用」は景気一致指数を構成する4つの要素の1つです(残る3つは、個人所得、鉱工業生産、製造業・商業販売)。つまり、「雇用」は景気そのものだといえます。これに対して、日本では「雇用」は景気動向指数の9つの遅行系列の1つに過ぎません。景気の後を追って動く傾向があるということです。

中央銀行も雇用に注目

米国の中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)は、「物価の安定」と「雇用の最大化」という2つの責務(デュアルマンデート)を負っています。この点は、第28回「アメリカの金融政策を理解する」で解説しました。中央銀行が「雇用」を責務としており、それに応じて金融政策が変更される可能性がある、だから金融市場も注目するのです。

事実、「マエストロ」と呼ばれたグリーンスパン氏がFRB議長だった時代に、短期間でしたが、金融政策の変更が決まって第一金曜日の午後(現地時間)に発表されたことがありました。言うまでもなく、雇用統計を見て金融政策を決めていたのです。

金融政策の重要な判断材料に

現在のFRBは、さすがにそこまで露骨ではありませんが、雇用統計を重視しているのは間違いありません。FRBは、中国や欧州の景気減速や、トランプ政権の通商政策の不確実性を懸念しています。今のところ、米国の雇用情勢は好調ですが、仮にこれが変調して米国の景気減速が鮮明になれば、FRBは利上げを続けてきたこれまでの政策を大きく見直し、利下げ方向へ転換するかもしれません。

一方で、失業率は約50年ぶりの水準まで低下しており、人手不足が進行しています。仮に、賃金上昇率が高まれば、それは物価上昇、すなわちインフレにつながる可能性があります。「物価の安定」というもう1つの責務が脅かされかねないと判断すれば、FRBは早期の利上げ再開を検討するかもしれません。

FRBは3月19-20日に金融政策を決定するFOMC(連邦公開市場委員会)を開催します。8日に公表される2月分の雇用統計は、そこでの重要な判断材料の1つになるでしょう。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクエア 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして活躍。 2012年、マネースクウェア・ジャパン(現マネースクエア)入社。「投資家教育(アカデミア)」に力を入れている同社のWEBサイトで「市場調査部レポート」「スポットコメント」「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、動画サイト「M2TV」でマーケットを日々解説。