世間を騒がせた大手飲食チェーンでの迷惑動画事件では、投稿者だけでなく企業側も重大な損失を被ったことは記憶に新しいところ。採用においても、企業は候補者の人間性やネットリテラシーに、よりセンシティブになっています。この連載では現役の調査員が、採用調査や問題社員のリスク調査といった「企業調査のリアル」をお伝えします。

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企業が現職の従業員に感じる“違和感”を放置できない理由

採用時だけでなく、採用後の社員に問題行動が見られるケースもあります。水増し請求や賄賂の受け取り、横領、自社商品の転売、情報漏洩といった犯罪行為、背信的行為が疑われるケースでは、自社に大きな損失が生じたり、事件に発展して社会的な非難に晒されたりする前に、早急な調査が求められます。また対人面で攻撃的だったり、ハラスメントや責任転嫁が著しいなど、人間性に懸念がある場合も放置することは、部門の業務が円滑に遂行できず全体のパフォーマンスが下がる、休職者や離職者が発生するなど、企業全体に多大な損失を与えかねません。

さらに昨今、散見されるのが、経験者として採用したが、実際に働いてもらうと、職務能力が明らかに履歴書、職務経歴書、面接の内容とかけ離れており、前職までの在籍、経験やスキル、雇用形態に詐称の疑いを持たざるを得ない人物です。

これらに加えて、副業禁止、または申告制の規定に反して、個人事業主や、別会社又は家業の役員など副業を行っていることが発覚することもあります。政府主導でリスキリングが推奨され、副業禁止規定を撤廃する企業も増えているこの時代、副業を持つことは、本業に支障さえなければそれほど問題でないように感じられるかもしれません。

しかしながら、就業規則で禁止されている場合には、副業をしていること自体「ルールを破る」人物であるという点でマイナスポイントですし、バレるということは就業態度または個人情報管理の面で何かしらきっかけがあったはずです。実際に、副業をしているのではないかという懸念からの調査で、とんでもない過去や人間性の問題が発覚したケースもあります。今回は、そんな事例をご紹介します。

単なる副業禁止違反だけではなかった! SNSで次々と明るみになる、驚きの過去と現在

A氏は昨年末に中途採用者として入社しました。面接での印象は「経験豊か」で「気さく」。官公庁などを取引先にするプロジェクトチームで、A氏にはそれまでの経験と人柄を活かし、中間管理職として若いメンバーをまとめあげてもらいたい、そう考えて企業人事は採用しました。ところが実際に入社すると、A氏はどうも他責性が強く、部下に仕事を割り振った後は任せきりであること、離席時間や外出時間が目立って長いこと、病欠が特定の曜日であることなどを発端に、副業をしているのではないかという疑いが持たれました。なお、副業禁止規定があることは、A氏も知っています。

SNS調査を行ったところ、まず本人と同姓同名のTwitterアカウントが見つかりました。そのアカウントのフォロワーに風俗営業店の運営アカウントが確認され、そのアカウント名は本人の名前が逆に読める文字列が使われていました。特徴のある名前だったため、同姓同名の他人ではなく本人の可能性が高いと考え、我々調査員はさらに調査を進めました。

該当の風俗店はTwitter以外にも、複数の別アカウントやInstagramが次々に見つかり、頻繁に更新しているのと同時に、問い合わせLINEにもメインアカウント名と同じIDが使われています。この店舗の運営会社を調べてみると、現職と同業種でA氏が経営している会社であることが確認できました。この株式会社〇〇〇の企業ホームページや登記には、現在も代表取締役としてA氏の名前が表記されているため、現在進行形で副業を行っていることと、本業のかたわらで、風俗営業店の運営をしていることがわかりました。

更にここから驚きの過去が発覚しました。A氏が役員を務めている会社の情報が、合わせて4社分ありました。業種はコンサルティング、人材派遣など様々。ところがそのうち1社は、約20年前にA氏は代表取締役を退いており、現在は別人が代表取締役となっています。さらにその社名で調査すると、カジノを経営していたA氏が賭博法違反で逮捕された直後に、代表者の交代があったことが判明したのです。またその時に、出資者から訴訟を起こされていたこともわかりました。このケースでは、A氏の勤務態度に不審な点があったこと、A氏のネットリテラシーが低く、本名での副業アカウントや、別会社間での名称やIDの使い回しをしたことによって、芋づる式に「前科」までたどりついてしまったのです。

知らないうちに私たちは“デジタルタトゥー”を残している

TikTokの回転寿司テロは皆さんの記憶にも新しいと思いますが、以前は「バカッター(愚行をTwitterで晒すユーザー)」というものもありました。この手の動画や画像を通しての愚行や迷惑行為の公開だけでなく、情報漏洩、誹謗中傷、過激な思想、不健全な発言なども、その時に炎上するだけではありません。一度インターネットに流出した情報は、拡散してしまうと完全に消すことはできず、何年経っても、本名、または本名を連想させるアカウント名、電話番号、メールアドレス、フォロー関係、自撮り写真などによって容易に特定されてしまいかねないのが、今の社会です。私たちの軽はずみなネット活動は、日々デジタルタトゥーを残していると言えるのです。

日本企業の場合、従業員の問題行動が発覚したことをきっかけに採用前調査の必要性を認識し導入するケースが多いですが、企業は従業員の業務能力はもちろん、人間性や素行についても、知らないでは済まされなくなっています。従業員の不正行為や問題行動による社会的信用の損失や業績悪化、損害といった事件が起こるたび、それらを未然に防ぐため、現職であっても不審な言動が見られたり、疑惑がある時点で、企業が調査を依頼するようになる時代がやってくるのではないでしょうか。