今回のテーマは「冷蔵庫の作法」だ。私には兄がいるが性格が分かりやすく違う。簡単に言うと、兄は待てができるが私はできない。
もらった菓子はその日に完食し、小遣いは即日溶かす、そんな江戸っ子の腐ったやつみたいなのが私で、貰った菓子を大切に取っておき全て賞味期限を切れさせるのが兄だ。両親もさぞかし「分かりやすっ」と思ったことだろう。
しかし、菓子は腐ったら無意味だが、金に関しては取っておくに越したことがない。どう考えても兄の方が安心な性格である。現金主義の親はよく、「よそから金だけは借りるな」と言っていたが、多分、兄は言われてない気がする。
子どもの時、兄はおやつのことを「非常食」と呼んで、冷蔵庫の一室に保管していた。今思えば、男子のロマンを感じさせる言い方である。それで、そのロマンはどうなったかというと、私が食っていた。もちろん無許可で。
男のロマンを女が破壊する。その構図は年齢・関係性・など無視して、どこでも起こる。無慈悲なジェノサイドなのである。私としてはバレないように、こっそり食っていたつもりだが、こっそり毎日食えばなくなるため、完全にバレていた。
兄はそれに対し、怒るには怒っていたが、さほどでもなかったし、逆に兄が私のものを食うということもなかった。もしそんなことがあったら、私は兄とは違って「てめえ……一線を越えやがったな?」という怒り方をしたと思う。
その意識は大人になっても変わらず、「冷蔵庫に入っているものは俺のもの」という、内弁慶界一の暴君として冷蔵庫に入っているめぼしい物は無許可で食い続けた。それに対し、家族は特に怒らなかった。もはや「獣害」扱いだったのだろう。文句を言われるとしたら、言葉ではなく猟銃を用いられたと思う。撃たれる前に家を出て良かった。
その後、結婚し実家を出た。実家を出ると、部屋は勝手に片付くものではない。「この家には妖精がいない」と、色々重大なことに気づくと思うが、「自分が買ったもの以外、冷蔵庫に存在しない」というのも、かなり巨大な事実である。
菓子どころか、必要なものすら時にない。なぜなら自分が買っていないからだ。そして逆に言うと、自分が食わないもの、または使わないもの、は永遠にあるのだ。我が家の冷蔵庫は、そのようなエターナルに存在するものですでに1段占拠されている。何がそんなにフォーエバーウィズユーになっているかと言うと、瓶詰めだ。ゲル状のノリ、ゲル状の調味料、とりあえず何らかのゲル状のものが入っている瓶だ。
瓶のいいところは腐らないところだ。否、腐っているのかもしれないが、ちゃんと蓋を閉めていれば腐っていることを感じさせない点だ。ゆえに捨てられないのである。さすがの俺さまも、腐っている有機物は割と捨てる方だし、冷蔵庫内にはあまりノータッチな家人も、明らかに腐っているものは気づいたら捨ててくれる。つまり、迷わず捨てられるという点において、腐っている食いものにもいいところはあるのだ。
ちなみにその瓶たちは、自ら買ったものではない。もらいものだ。自らの好みで買ったものではないため、使いどころを逃したまま、ただ冷蔵庫を狭くする役割を2年ぐらい担い続けている。
もう2年使わなかったら使わないだろう。この「オリーブペースト」何に使うかさえも、皆目見当がつかないまま、ここまできた。多分、ご飯にかけたらダメなやつだ。全部「岩のり」とかだったら、迷わずに済んだ。ただそうだとしても、もはやご飯をおかずに岩のりが食えるほどの量がある。
捨てる。特に食いものに対しては勇気のいる行為だ。その点、なんの慈悲も躊躇もなく捨てられる「明らかに腐っているもの」というのは優秀である。みんな腐る時、は思い切って腐ってほしい。自然界にない色のカビを生やすべきだ。しかし、捨てると決意しても、そのまま捨てるわけにはいかない。自治体に所属するものとして、瓶の蓋を開け、中身を捨て、よく洗って所定の日に捨てなければならない。
そんなこと、俺さまにできるとでも思ったか。まず、蓋を開けるだけでも勇気がいる。場合によっては、すでにパンドラの箱になっている可能性がある。世の中に災厄を撒き散らしていいのか。それよりは、我が冷蔵庫にこのまま封印しておいた方が世界平和のためである。もしくは、オリーブペーストまたは腐ったオリーブペーストの、有効な使い方を募集する。