今回のテーマは「エアコン」である。
そう言えば、我が家のエアコンのフィルターは何年掃除していないのだろうか。暗澹(あんたん)たる気分になってきた。ここ数回、自分の生活態度と向き合ってみて、というか全く向き合うつもりはなかったのだが、『SAW』とかに出てきそうな、強制眼球開かせマシーンみたいなもので無理やり向き合わせられた結果、物というのは手に入れた時点で終りではない、ということが嫌というほど分かってきた。
物だけではない。就きたい職業に就けば成功と言えるのか。結婚がゴールでもないだろう。帰るまでが遠足だし、捕まるまでが援交だ。物と言うのは手に入れたら維持・管理し、最後、決められた日に決められた場所に、決められた捨て方で廃棄するまでが物なのだ。
そうしてやらないと、物は成仏できず、永遠に自縛霊として残る。それも、霊体ならまだいいが、ゴミという具体的な形で、部屋のスペースを陣取ってくるのである。しかし、片付けられない人間というのは、そういった供養とかお祓いが苦手なため、部屋をすぐ心霊スポットにしてしまう。むしろ、死体と暮らしていると言っていい。
なぜ、このような平成のエド・ゲインになってしまうかというと、部屋に物を持ち込んでしまったからである。持ち込んでしまったから、物はそこでゴミになったのだ。「もたず、つくらず、もちこませず」。この"非ゴミ三原則"が、部屋を死体遺棄現場にしない唯一の方法である。
よって、会話の全てが「でも」と「まあ」で始まる。キモオタとして、「新しいライフスタイル」みたいなものには、とりあえず「しゃらくせえ」と否定から入る私だが、物を持たないという、ミニマリストだけには憧れる。ない物はなくならないのと同じように、最初から物がなければゴミという名の死体は発生しないのだ。もちろん、部屋を汚くしすぎて生物が自然発生し、それが死体になる、ということはたまにあるが、少なくともいきなり死体から現れることはないはずだ。
つまり今、「エアコンのフィルターいつ掃除したっけ」などと悩んでしまうのも、エアコンがあるせいである。今すぐ壁から剥がすべきだが、剥がしてしまったエアコンは当然、ゴミになる。すなわち、最初から取り付けなければこんなことにはならなかったのだ。
だが残念なことに、フィルターのことを一日中憂いてでも(憂うだけで掃除はしない)エアコンは必要なのである。それは、なぜか。寒いからだ。
私は寒さだけは我慢ができぬのである。よって冬は、電気代が平素の2~3倍になる。そして、寒がりというのはミニマリズムに向かない。暑さというのは、服を脱ぐなどの引き算でしのげるが、寒さというのは足し算でないと防げないのだ。
まず家が必要だし、その家には、屋根と壁がいる。この時点で2アイテムは必要なのだ。さらに服がいる。それも寒さをしのぐには、できるだけ厚着しなければいけない。薄着で過ごそうと思ったら、それで平気なだけの暖房器具がいる。何も持たずに寒さを耐えようと思ったら、日本を出ることから始めなければいけない。
ここで気づいたのだが、ミニマリストというのは結構「我慢」が必要なのではないだろうか。そうは言っても、椅子や机、冷蔵庫、窓すらなく、よく見たらドアもない、自分がどうやってここに入ったか分からない、という部屋で暮らすのは不便なのではないだろうか。
その不便が慣れとなり、その内、快適になるのかもしれないが、寒さに慣れるのは大変そうだ。ホームをレスされた方だって、真冬に外で寝るのに慣れるには結構時間がかかったはずだし、もしかしたらいまだに慣れていないかもしれない。
しかしそれでも、我慢と時間をかければ、寒いのも平気になり、暖房器具も服も家も必要なくなり、真冬に全裸で外に寝られるようになるかもしれない。今度は国家権力に怒られる等の問題はあるが、ミニマリストとしてはこれ以上ないだろう。
だが逆に考えてみると、現在の私はすでに、汚いという環境に慣れ、それを快適だと思えるようになっているのではないだろうか。ミニマリストになるということは、物の前に、すでに構築された生活を捨てなければいけないということである。
みな、「新しいライフスタイルを手に入れる」ことばかり考えて、今までのスタイルを捨てるということを考えていないのではないだろうか。それは、過去の自分の否定である。目新しいものばかりに目を向けず、自分が作り上げた軌跡(ベトつく床)を肯定することも大事なのではないだろうか。
筆者プロフィール: カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。
デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。