今回のテーマは「家電」だ。

すさまじくザックリしたテーマだが、実家にいた頃、「新しい家電を買う」というのは一家にとって一大行事だったし、時には家族会議なども開かれていたような気がする。それが今では、家族の許可なく買い、後で叱責されるという、一大行事には違いないが、内容が殺伐としてしまっている。ほがらかにはほど遠い。

私の実家は、家電が入ってくるのが普通の家よりワンテンポ遅い家だった。ビデオやCDプレイヤーがきたのも、相当後になってからである。それゆえに、我が家ではカセットテープが、非常に長く活躍していた。流行歌が聞きたければ、ラジオでその曲が流れるのを待ち、録音するのだ。もちろん、1番しか流してもらえないときもあるし、DJの声が入りこむこともある。だが、それしか方法がなかったのだ。

録音するのは歌だけではない。アニメなどもだ。何を言っているか分からないかもしれないが、言葉の通り、テレビで放送されているアニメの音声を録音するのだ。録音してどうするかというと、放送後、悟空とピッコロの熱い戦いを今一度楽しむためである。音声のみで。「そこまでして……」と思うかもしれないが、物資が潤沢に与えられない昔の子どもというのは、そこまでしないといけなかったのだ。

それも、ただ録音ボタンを押すだけでは音が遠い。よって放送中ずっと、ラジカセを持って、テレビのスピーカーに録音口をくっつけておかなければいけなかった。もちろん、テレビの音だけではく周囲の雑音も録音されてしまう、よって、放送中無言はもちろん、息すら殺していたのである。

そんな状態だと、リアルタイムでアニメが楽しめてないのではないかと思うかもしれないが、クオリティの高い録音ができれば、後から何度でも楽しめるからいいのだ。もちろん、音声のみを。

しかし、このような行動は昭和の子ども特有のものではない。今でも、妖怪ウォッチを買ってもらえなかった子どもが、ダンボールでウォッチで作っている姿が散見されている。このように、子どもはものを与えられないと、あるもので何とかしてみようというDIY精神が芽生えるのだ。

ただし、そこから有名なクリエイターになるならいいが、ヴィトンは買えないからビトソでいいや、という妥協心が芽生える。または、ブランドものなんか買えないし、近くで売ってすらいないので、手近にある某ファッションショップでそろえた個性的なアイテムによる、俺の最強コーデで大学デビューをするなど、逆にダサい方面に行ってしまうこともままある。「正規品を与える」というのも、時には重要だ。

なので、ビデオが我が家にやってきたのは「革命が起きた」ぐらいの事件であり、ありとあらゆるものを録画しまくった。アニメはもちろん、「火曜サスペンス劇場」とかまで録画し、毎回犯人が同じにも関わらず何回でも見た。そのぐらいうれしかったのである。

今現在、我が家にはDVD一体型のテレビがあるのだが、DVDは『アナと雪の女王』を再生したのを最後に息を引き取り、録画機能を失った。しかし、それを直そうという話も、新しいものを買おうという話も出ないし、それで特に困ったこともない。録画してまで見たい、録画しておきたい、という番組がそもそも私にはないのだ。

元々コレクター気質がないため、昔だって、残しておきたい番組なんてそんなになかったのかもしれない。それでもあれだけ録画しまくったのは、それだけビデオがきたのがうれしかったのだろう。今でも新しい家電は生まれ続けているが、もう、ビデオやCDプレーヤーが初めてきた時のような感動を味わうことはないような気がする。家電のみならず、新しいものへの感動というのは、年々少なくなっている。

あるとしたら、諸事情で電気を止められでもすれば、家電が動くだけで感動できるようになると思う。家だって、一回ダンボール製にしてみれば、屋根があるだけでも感動できるだろう。新しい感動を得たかったら、新しいものを追い続けるのではなく、一度全部失ってみた方がいいのかもしれない。

ちなみに、我が家で長きに渡り活躍し続けたラジカセは、今も実家では現役である。特に、父上は今でも主戦力として使っており、テープがかさばりすぎて、人間のスペースを圧迫するほどだった。

どう使っているかというと、やはりラジオで流れた曲などを録音しているようだ。ある日何の気なしに、父のカセットテープを見てみると、ラベルには「ガクトさん」と書かれていた。カラオケでは古い歌を歌う父だが、「GACKTもいい」と思ったようだ。結局、「古くても新しくても、自分の気に入ったものを使え」ということなのだろう。

筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。
デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。