漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。

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今回のテーマは「苦手なこと」である。

また一段と漠然としたテーマだが「得意なこと」を聞かれるよりはマシな気もする。

簡潔に答えるなら「呼吸以外」ということになるのだが、その中で特に苦手なものは何か、というと「会話」が苦手である。

ただ私は話すこと全般が苦手というわけではない。

オタクが自分の得意分野の話になると「パルスのファルシのルシがパージでコクーン」など、よくわからない言葉を高速詠唱し始めるように、自分の言いたいことを一方的に話すのはむしろ得意である。

これが得意な人間を世間では「しゃべるコミュ症」と呼び、単純にしゃべれないコミュ症よりも危険な個体として図鑑にのっている。

この個体は「世間話」を天敵としており、世間話をしているうちはしゃべれないコミュ症として無力化できるので、この個体に出会った時は、天気の話などを積極的にしていこう。

私がTwitterを1日68時間やっているのも、Twitterが対話ツールではなく、基本的に独り言であり、その独り言に通りすがりの人間が反応して話しかけてくることがある、という冷静に考えればキモいコミュニケーションツールだからだ。

対して、相手の話を聞きいてそれに答えるようなコール&レスポンスが発生する会話はとても苦手である。

つまり「他人との意思疎通」が苦手なのである。

人間と他の動物との違いは、人間だけが群を抜いて愚かという一点に尽きるが、あえて他の違いを述べるなら、人間は他の動物に比べ勘が悪すぎる故に「言語を使って意思の疎通を図る」という違いがある。

つまりそれが苦手ということは「人間に向いていない」ということだ。

向いていないのだから人間として成果が出せなくて当然である。これは私が悪いのではなく適材適所が行えなかった神の人事責任が問われるところだ。

ただ会話と言っても、相手の話を大して聞いていなくても特に問題が起こらない、どうでも良い会話ならまだ良い。

人の話を大して聞かなくて良いと思っている時点でダメであり、この相手の話を聞いているフリしてろくに聞いていないという行為こそが積もり積もって、絶交、破局、離婚の原因になるのだが、おそらく相手だって私の話をろくに聞いていないはずである。

雑談であれば、お互いがお互いの話を聞かずにしゃべる会話の大暴投大会になっていても、双方が時間を無駄にしたというただの痛み分けでゲームセットだが、中には仕事上の業務連絡など意志を疎通させてないと大事になりかねない会話もある。

そして私はそういう大事になりかねない会話ほど苦手なのだ。

どのように苦手かというと「失敗が許されない」というプレッシャーから、緊張を超えて恐怖を感じるからである。

人間は恐怖を感じるものからは「早く逃げ出したい」と思うものだ。

よって早く会話を切り上げたくて、全くわかってないのに「わかりました」そして、全然良くないのに「はい」と言ってしまうのである。

当然、それで困るのだが、何せ恐怖を感じているので「もう一度聞く」などという恐ろしい真似はできないため、全然良くないまま時間だけがたち、取り返しがつかない事態になるのだ。

また、誰でも青龍刀を剥き身で持っている上半身裸の人に話しかけるのは勇気がいるものだろう。

私にとって、意思疎通が必要な会話をしなければいけない相手というのは全員半裸青龍刀の人なのだ。

よって、話しかけるまでに相当な時間を要し「何故もっと早く言わなかった」ということになるし、ひどい時には話しかけられないままになってしまい、当然「何故言わなかった」になってしまう。

結果的に「大事になって怒られる」という、もっと恐ろしい恐怖体験をするハメになってしまうのだが、それよりも今目の前にある会話という恐怖を回避してしまうのである。

当然だが、こういう人間が組織の中にいると困るため、遅かれ早かれそこにはいれなくなってしまう。

だが私も同じ失敗を繰り返し「伝えるべきことを伝えないともっと怖い目に遭う」と学んだため、重要なことは伝えるよう心がけている。

しかし心がけすぎて、今度はしつこくなった。

前回の伸びすぎた庭木だが、結局業者に頼み剪定をしてもらうことにした。当然その際には隣家にも立ち入るため、日時を伝えて許可をとっておかなければならない。

これを伝えないと最悪不法侵入でポリス沙汰である。

よって「一刻も早く伝えなければならない」と思った私は、早朝から夕方まで、数時間おきに隣家のチャイムを何回も鳴らした。

「一般的な共働き家庭は平日昼間家にいることはそんなにない」ということはわかっているが、そんなことは関係ない、私はこの重要なことを一刻も早く伝えなければいけないのだ。

おそらく隣家のインターホンには数時間おきに私の顔面が録画されているはずである。

業務連絡という恐怖を超え、私は自らが恐怖を与える存在へと進化したのだ。