漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。

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今回のテーマは「美容院」である。

私と言えば「前世美容師に惨殺された」ことでお馴染みであり、冬になればパンチパーマ用のコテを押し付けられた、という設定の額の古傷が痛むことであまりにも有名である。

では今世では何かされたことがあるのか、と聞かれたら「毛をすいてからストパ」という注文を「ショートカットにしてからストパ」という壮大な時間と金の無駄遣いに改変されたり、初対面なのに「美容院苦手でしょ?」とか「別にそんなに怖がらなくてもいいですよw」と、的確にこちらの触れられたくない部分に触れられたことぐらいしかない。

つまり、今世でも割と恨みがある。

リア充に心の柔らかい部分に踏み込まれるぐらいなら、まだシャンプーの時、勢い余って入った指に鼓膜を破壊された方が良い。

だがそれも「3回」ぐらいしかない。

もしかしたら、1回も起こらない人がほとんどなのかもしれないが、毎回「1,000円カットと間違えて美容院に入ってしまった人対応」をされるわけではない。

それにもかかわらず、二代にわたる恨みから、美容院及び美容師というだけで特に理由のない怒りが湧いてきてしまったり、被害妄想が炸裂してしまったりすることがある。

何もしていない人に対し怒ったり、疑心暗鬼になったりするのは疲れるし、自己嫌悪に陥ってしまい「もうあの美容院には行けない」と己をセルフ出禁にしたことも一度や二度ではない。

このように、美容院のことは総じて苦手であり、出来るだけ行かないようにはしているのだが、ここ1~2年で私と美容院との一方的戦いもネクストステージに突入した。

美容室で「そんなに緊張しなくていいっすよw」と、ドキドキしながら人間のコスプレをして美容院に来たゴリラ扱いされるのもキツいが、良かれと思って「ヘアアドバイス」をされるのもつらい。

特に私は自分の毛(もう)をぞんざいに扱っているため、痛みも酷い。毛(もう)のプロであれば、見過ごせるものではなく「必ずドライヤーで乾かした方が良い」「トリートメントをすべき」など、助言をしてくれるのだが、私はそれを「実践する気がゼロ」なのである。

よって「ドライヤー頑張るゴリ―!」と言ったらウソになるし、正直に「そんなことやるつもりはないウホ」と言ったら感じが悪すぎる。

よって「ンッホ…」という、肯定とも否定ともつかない、コミュ症特有の鳴き声を発することしかできず、余計ゴリラになってしまうのだ。

しかし、その後「田舎の美容院だからそんなにゴリラに構うのでは説」が浮上してきた。 都会の美容室ほど、求められてない世間話や毛バイス(モウバイス)はしてこないのだという。

そもそも都会は田舎よりも人口が多いので、その中にゴリラが混ざっていることも珍しくない。よって店にゴリラが入ってきたからと言って、特別変わった対応をすることはない。

また、都会では「いい歳してお母さんが買って来たパーカーなんか着てくんなよ」と思ったら前澤友作だったということが良くある。

少なくとも、客商売の人間が見た目で相手を判断して舐めた対応をするとあとで大変なことになるケースもあるため、デキた店は一見どんなダサ坊が現れても、軽くあしらったりはしないそうだ。

つまり、そんなに美容室にウエットな感情を持っているなら、陰湿な地元の美容院ではなく、もっとドライな都会の美容室に行った方がマシなのではないかということである。

よって私は、仕事で上京するついでに、紹介してもらった表参道の美容室に行くことにした。

表参道と言ったら毛(もう)の激戦区で有名である。

そんな場所なので、私のような人間は入った瞬間、頭髪が抜け落ち散髪の必要がなくなりそうな気もするが、都会の美容室にはいろんな人がくる。半端にハゲ散らかったコミュ症がきても動じず普通に接するのだという。

そんなわけでわざわざ上京に合わせて毛の町で毛を刈るという、逆にすごく髪にこだわりがある人みたいなことをしていたのだが、その後ご存じコロナウィルスがやってきた。

毛の町どころか上京すら出来なくなってしまったため、またしても、村八分以外娯楽がない、陰湿な地元の美容室に行かなければならなくなってしまった。

それが嫌で半年ほど美容室に行かなかったのだが、このままでは、美容室どころか外に出られるビジュアルでなくなってしまう。

だからと言ってまた、人里に降りてきた珍獣扱いされたり、文字通り不毛なアドバイスに「ンフ」と言ったきり黙るのも嫌だ。

よって、逆転の発想として「美容院でドライヤーやトリートメントをしろ、と言われないために、ドライヤーとトリートメントをする」ことにした。

それを続けた結果、美容室に行ってもアドバイスをされることはなく、その代わりに「無限の静寂」が訪れた。

しかし、何もしゃべらなければ、こちらの被害妄想も刺激されることなく非常に穏やかになる。

人は見た目ではない。

しかし、見た目や身だしなみをほんの少しマシにするだけで、人の対応は変わるということは覚えておいた方がいいだろう。