漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。

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今回のテーマは「セール」である。

現在6月なので、例年なら、世は夏物セールにわいているころだと思うのだが、今年はコロナの影響がある。

しかし、私は今年はもちろんだが、ここ数年セールというものに参戦したことがないので、今年のセールがいつもより盛り上がってんのか下がってんのかすら判断できないのだ。

特に夏は、今まで企画で作った「自分のキャラクターが描いてあるTシャツ」が山ほどある上、一昨年ついに「己の顔が描いてあるTシャツ」を入手してしまったので、夏に新しい服を買う必要が全くないのだ。

ただし、夫が、自分のキャラクター、あまつさえ自分の顔が描いてある服を着ているという自己顕示意欲が狂ってしまった妻と外出するのを嫌がるため、その時はとっておきのキンプリのTシャツを着ていくという生活をしていた。

よって今年の夏も服を買う予定はなかったのだが、実は先日靴を買った。

今まで使っていたスニーカーの底が完全に抜け「スニーカーに見える裸足」という上級オシャレアイテムになってしまったのと、70歳以上のババアが小旅行に履いていくような踵のないシューズの内側が自慢の脂足にくっついてそのままはがれてしまったからだ。

このように私が服や靴を買うのは物理的に使用が不可能になった時だけである。

昔は祖母に「恥」と呼ばれるほどのファッション化物だったのだが、すっかりオシャレに対する関心がなくなってしまった。

30過ぎたころからどんなに良い品でも、身に着けるのが自分だと思うと萎えてしまい、自分の顔Tを着て、マイナスにマイナスを足してマイナスという「引き算オシャレ」に落ち着いてしまったのである。

だが、自分の顔が曾孫請けデザイン事務所レベルの分際で、高いデザイナーズブランドの服を着ようとするのが愚かというわけではない。

服が良く見えるのはそれを着ているモデルが良いからだ、という説もあるが、モデルと自分には「人間」「性別」ぐらいの共通点があるはずである。

この時点で「リーチ」である。あとは「美人」とか「スタイルが良い」などをそろえればビンゴという状態で、「どうせ自分には似合わないし」と諦めてしまう方がおかしいのだ。

それに、どうせ自分が着ても、などと思っている奴より、これを着ればモデルのようになれると思っている奴の方が、どう見ても精神的に健康である。

ただ「年をとってどうでもよくなる」ことで楽になることもある。

日本は「若さ」、特に女の若さを偏重しすぎなところがあるため、大なり小なり女は加齢を恐れがちになってしまう。

しかし、実際加齢をしたBBAパイセンに聞けば、ちょっと前歯に隙間が開いた口をそろえて「年取ってから楽になった!」と言うことの方が多いのだ。

若い女に価値があるということは、良くも悪くも「若い女」というだけで、一挙一動注目され、何かあればすぐ文句をつけられたり、ワンチャン狙われたりで、どうしても自分がどうしたいかより、他人の目を意識して生きざるを得なかったりする。

よって、若さがなくなり、周りの視線が他所へ移ったことで、やっと自分の思うように動けるようになったというパイセンも少なからずいるのだ。

そこで元々ファッションにそんなに興味がなかったものは、もう大して見られてないんだから服なんて、安くて楽なものにして、それよりも1円でも多く羽生結弦君に使おうと思えるようになるのである。

しかし「毎シーズン全部ユニクロでそろえている」と言うと、いかにも服装に関心がない人のように聞こえるが、実はかなり、関心がある部類である。

何故ならユニクロで買う人というのは「無難」「他人から見て変ではない」という確固たるファッションテーマを持っているからだ。

あと服を買いに行くのに「服屋」に行っている時点で、意識が高い。

それ以下の人間というのは「着られれば良い」と思っているので、イオンとか、服屋も入っている総合施設で、さらに服屋セクションからちょっと離れたところにある処分品ワゴンで全てを済ませてしまったりする。

その結果、子どももいないのに「中学生の息子が着なくなった服を着ているお母さん」というストーリーが見える格好になってしまったりする。

さらに意識が低まると「陰部が隠れていれば良い」となってしまうので「元Tシャツだったワンショルダーシャツ」という、ワンチャン「逆にオシャレ」という格好で外に出てしまっていたりするのだが、大体小汚く、周囲からは「ちょっとヤバい奴」と思われている可能性が高い。

このように「ファッションに無関心」と「世間からどう見られているか無関心」は全く別なので、服装にあまり関心がない、と言う人は、自分が世間から悪い意味で関心を集める格好をしていないか、今一度確かめた方が良い。

「人はパンのみに生きるにあらず」というように「服は股間を隠すのみにあらず」ということである。