漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。

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今回のテーマは「クールビズ」である。

私の記憶が確かならば「ビズ」というのは水っ鼻をすすった音ではなく「ビジネス」という意味だったと思う。

つまりそれを無職に聞いてどうしようと言うのか。

いかにも料理ができなさそうな若い女に料理をさせて笑いものにしようとする番組ぐらい性質が悪い。

土井善晴先生に「こんなんブイーンしたらええんですわ」と言われながらフードプロセッサーにかけられれば良いと思う。

例年なら無職以外の方は衣替えの季節である。

無職のひきこもりと言うのは家から全く出ないため、寒暖を感じる機会がない。そして季節が変わったことを2カ月遅れぐらいで知る上、春と秋で同じものを着ていることでお馴染みなので、あまり衣替えという概念がない。

つまり無職というのは世の中で何が起きようとあまり影響を受けない、これ以上ないほど安定した職業ということだ。

もし合コンで「無職」と名乗るものがいたら「公務員」と同じぐらい赤マル要チェックした方が良い。

ただ今年は既知の通りコロナウィルスの影響で無職以外の人はかなりイレギュラーな生活をしていると思う。

ここ1~2カ月は、有職者や学生も在宅勤務や休校で強制ひきこもりになっていたのではないか。そして今、ぼんやり発せられた緊急事態宣言がふんわり解除されたことにより、徐々にいつもの生活をとりもどしつつあるようにも見える。

ここしばらく家から出ない生活に慣れてしまった人が果たして無事に社会復帰できるのであろうか。

無職が心配することではないと思うかもしれないが、もう2度と社会に戻れなくなった無職だからこそ心配しているのだ。

そもそも今回の件でリモートワークが可能だとわかったなら「出勤」などという、時間と体力、なにより「笑顔」をドブに捨てるような行為はやめて、コロナが去ったあともリモートで良いのではないか、という気がするが、そう簡単にいかないような気もする。

なぜ簡単にいかないのかというと「日本」だからとしか言いようがないが、すでに満員電車が復活しているというニュースも見たのでやはり簡単にはいかなかったようだ。

さすが我が国である。

ベテラン無職の経験から言って、外に出ず、他人と関わらなくなってまず損なうものと言ったらまず「ビジュアル」である。

外に出たり他人に会ったりする必要がないということは「服を着る必要がない」ということを意味する。

全裸だと心もとないし、ただでさえ神出鬼没な陰毛がどこにでも現れるようになってしまうので、さすがに何も着ないというプロは少ないと思うが、それでも外に出ていた時より「ちゃんとした格好をしなくなる」のは確かである。

オシャレは自分のためのものとは言うが、それでも家の中で誰にも見せる予定のないヴィヴィアンウエストウッド一式をアーマーリングつきで毎日着る、というのは相当精神力がいる。

ひきこもり生活が長くなるほどファッションテーマが「陰毛が落ちなければそれでいい」になってくるのである。つまりひきこもりというのは基本的にクールビズなのだ。

本来クールビズというのは涼しい格好をして、夏場職場エアコンの温度を下げ過ぎないようにしようという地球温暖化に配慮したファッションだったと思う。

だがひきこもりのクールビズは、真冬にエアコンをガンガンにかけた部屋で、パンイチで過ごすと言った逆クールビズの場合がある。

クールビズを推奨するより、こういうひきこもりを射殺した方が地球温暖化は防げるような気がする。無駄に吐き出される二酸化炭素も減って一石二鳥だ。

このように「他人の目」というのは非常に煩わしいが「人間のビジュアルを保つ」ためには必要なものだったりする。

まだビデオ会議などで、顔面を晒す機会があった人は良いかもしれないが、メールと電話だけで仕事をしていたような人の中には、この外出自粛期間中、家ではなくアマゾン(通販じゃない方)にいたのかというぐらいのビジュアルショックを起こしてしまった人もいるのではないだろうか。

少なくとも、家で楽な格好で仕事をしていたのに、急にまたスーツを着なければいけなくなった人は相当な苦痛だと思う。

女は自宅に入れば化粧をしなくて済むので肌がきれいになるのではないかと思うかもしれないが、ただダメージが減るだけできれいになるわけではない。

むしろ、家にいると言うことは「24時間口に菓子が入れられる」ということな上、当然運動不足なので、太ってしまったという者も多い。

家にいるのも人に会わないのも楽である。

しかし楽故に、瞬く間に人間を心身ともに堕落させることになる。

出勤というのは、人間を人間の形に留める必要悪でもあるのだ。

たった2年の無職引きこもり生活で、アウストラロピテクスに戻ってしまった奴が今これを陰毛が詰まりまくったキーボードで書いているのだから間違いない。

筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。