悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、「伝えたいことが伝わらない」人へのビジネス書です。

■今回のお悩み
第236回「伝えたいことがなかなか伝わらない」(33歳男性/メカトロ関連)


ビジネスパーソンとして生きていく以上、伝えるべきことや伝えたいことを相手に伝えるという行為は"日常業務"として避けられないもの。しかし困ったことに、それはなかなかうまくいかないことでもあります。

伝えたいことを正確に伝えるのは簡単ではありませんし、話し方に自信がなかったりすれば、ハードルはさらに高くなってしまうことでしょう。しかも伝え方によっては、相手に誤解され、人間関係がうまくいかなくなってしまうというケースもあります。

そうなると苦手意識がさらに強くなり、伝えたいという意志を持ちながらも消極的になったり、伝えたい“思い”を無理に抑え込んでしまったりすることになるわけです。それでは絵に描いたような悪循環。なんとしても避けたいところですよね。

さて、こうした悩みについて、ビジネス書はどう答えてくれるでしょうか?

相手も自分も大切にする「アサーション」

伝えたい"思い"を抑えてしまう人の多くは、自分がいいたいことよりも、相手の反応のほうを気にしてしまうもの。『言いにくいことが言えるようになる伝え方』(平木典子 著、ディスカヴァー携書)の著者は、そう指摘しています。

  • 『言いにくいことが言えるようになる伝え方』(平木典子 著、ディスカヴァー携書)

「本当はこうしたい」「本音ではこういいたい」と思っているのに、必要以上のことを考えすぎてしまうわけです。

「それを伝えたら相手は気を悪くして、場合によっては怒り出してしまうかもしれない。だからいっそ我慢して、いわないでおいたほうがいいのかもしれない」というように。

でも、裏を返せばそれは、「相手が自分に同意しないとき、相手は嫌な気分になっているだろう」「気を悪くした相手が、怒ったり苛立ったりするのは当然」「だから、本音をいえば、自分も嫌な思いをするはずだ」と思っているからなのではないかというのです。

自分の思いを伝えるとき、内心では思い通りの反応を返してほしい気持ちがありながら、それが叶えられないときの相手と自分の嫌な気持ちを先読みして、非主張的になるのです。(123ページより)

そもそも、相手の気持ちと自分の気持ちが合致しないことは往々にしてあるもの。とはいえ思い通りにならない状況になったからといって、誰もが否定的になるわけではありません。がまんも苛立ちもしない人だってたくさんいるのです。

なぜなら、人は違った意見を持ち、違ったものの見方をしているものだから。だとすれば、そこにズレや葛藤が生じるのはむしろ自然なことだと考えるべき。

著者のこうした考え方の根底にあるのは、本書のテーマである「アサーション」。それは、自分と相手、双方の意見を尊重するだけでなく、「伝え合い確かめ合う過程そのものを含めて大切にしていくこと」だそうです。

言葉というものは、同じ言葉でも社会的、文化的バックグラウンドが違えば、異なる意味を持つこともあります。理解してもらえると思っていた発言に、否定的な反応を返されるということもあるかもしれません。
そのようなとき、いちいち反発したり葛藤したりせず、「相手は自分に何を伝えようとしているのだろう」と受け止める。
言葉のやり取りを重ねることで、双方の共通の意味を探っていく。
アサーションではそんな心構えが必要です。(「はじめに」より)

もちろんそれは相手の気持ちを探るときだけではなく、「相手にどう伝えたらいいのだろう」ということにも当てはまるでしょう。

ただし、注意すべき点もあるようです。「自分も相手も大切に」と説明すると、ビジネスの世界では「アサーション=ウィン・ウィンの関係」と受け取られることがあるというのです。

しかしアサーションは、ウィン・ウィンとは本質的に異なるもの。そもそも、「ウィン・ルーズ」(勝ち負け)という考え方をするものではないからです。

ウィン・ウィン、つまり「勝つ」ことを考えているとき、人は目の前の課題をどうするかを優先し、相手を大切にし、リスペクト(尊重)する気持ちはどこかに飛んでしまいがちです。
そうなれば、相手を大切にしているつもりが、相手をがまんさせていたということにもなりかねません。(126ページより)

つまりアサーティブなコミュニケーションは、いつでも「どちらも大切に」という姿勢でかかわるということ。そうした考え方が根底にあれば、相手に伝えることについてのプレッシャーも軽減できそうです。

一流ビジネスマンの「伝え方」とは?

『一流と言われる3%のビジネスマンがやっている 誰でもできる50のこと』(海老一宏 著、明日香出版社)の著者は、人材紹介業に携わる人物。企業から依頼を受け、条件に合う人材を探しているわけです。

  • 『一流と言われる3%のビジネスマンがやっている 誰でもできる50のこと』(海老一宏 著、明日香出版社)

そのため多くの人たちとの交流をお持ちのようですが、そんななかには年齢や企業規模、学歴や肩書きに関係なく、とても印象のいい方がいらっしゃるそう。

本書では、そういった素晴らしいビジネスパーソンの方々の習慣や考え方をまとめているのです。もちろん、伝え方についても。

人間関係においては行き違いは避けられないものですが、だからこそ重要なのが「相手への対応」。ビジネスで成功している人たちを見ていると、誰に対しても素晴らしい対応ができる人が圧倒的に多いことがわかるのだそうです。

そういう人たちの話し方やことばづかいには、以下の3つの要点があるようです。

(1)何に対しても否定的なことをダイレクトにいわない
(2)自分がいわれて嫌なことは相手にいわない
(3)汚い言葉を使わずに、いい言葉づかい、いい表現をする
(75ページより)

たとえば「嫌い」は「好きではない」、「まずい」は「おいしくない」といったように、状況に応じて表現を変えることが大切だということ。「いちいちお前のいうことが気に入らない!」であれば、「君のひとつひとつの意見は私と違っているけど、とても参考になるし、いい刺激になるよ」という具合にいい換えてみる。

たしかにそうすれば、"嫌な感じ"を与えることなく、スムーズに伝えたいことを伝えられそうです。

このように、言葉を発するときは、「どの言葉を使ったら柔らかい表現になるか?」とか、「どう話せばいい印象を与えるか?」を、いつもちょっとだけ気をつけましょう。
一流の人は、人生や仕事で苦労した経験の中で、自分が発している言葉が相手を傷つけることも、勇気を与えることもできることを知っています。さらに、言葉が自分の心にとても影響することをわかっているのです。(75ページより)

成功を目指す場合にも、それ以前に日常のコミュニケーションを円滑にするためにも、ことばの重要性と影響力をもっと意識するべきだということ。いいことばを選べば、それは「伝わる」ことにも無理なくつながっていくのでしょう。

すべてを決めるのは「受け手」

ところで、『伝わるしくみ』(山本高史 著、マガジンハウス)の著者は次のように述べています。

  • 『伝わるしくみ』(山本高史 著、マガジンハウス)

伝えることは難しい。
難しいと思うのにはそう思わせる原因がある。
まずその原因を明らかにすること。
そしてそれを解消すればいい。
原因がなくなれば難しいということはなくなる。
(7ページより)

しかし、その原因を解消するためには、「話す人」と「聞く人」との関係性についてあらためて考えてみることも大切なのではないでしょうか。話している人がいて、そのことばを聞いている人がいるのですから。

言葉は発せられたとたん、送り手と受け手をつくる。
送り手の言葉は、まっすぐ受け手に伝わろうとする。
送り手は言葉を伝えることによって、受け手を自分の望む方向へ動かそうとする。
送り手の言葉は、受け手への提案だと考えることができる。
提案である以上、送り手は同意以外を求めてはいない。
しかしその提案に同意するかしないか、すべてを決めるのは受け手である。(40ページより)

これは本質的な考え方であり、ここからは「受け手がすべてを決める」ものだからこそ伝わりにくいのだということがわかります。そこでいま一度、自分と相手との関係性を客観視しなおしてみることも必要なのかもしれません。