悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、「時間が足りない」と悩む人へのビジネス書です。
■今回のお悩み
「やることが多いのに時間が足りなすぎる」(28歳男性/ IT関連技術職)
「1日24時間は誰にでも平等に与えられているのだから、活用の仕方は自分次第」――そんな主張を目にする機会は少なくありませんし、たしかにそのとおりではあります。
また、それは「すべては自分の責任」であるということをも意味するでしょうが、理屈では片づけられない問題であるのもまた事実。
「時間を有効活用しなければ」と頭で理解し、それを望んでいたとしても、現実的にはなかなかうまくいかないというケースも少なくないわけです。だからこそ、この問題に頭を悩ませる人は減ることがないのでしょう。
「時間がない」は妄想!?
私たちは、いつも「忙しい」「時間がない」と言って毎日を過ごしていますが、相対的に考えると、「時間はたっぷりある」のです。 「時間がない」というのは、妄想に過ぎません。(「はじめに」より)
『「時間がない」を捨てなさい』(有川真由美 著、きずな出版)の著者は、こう断言しています。だとすれば、なぜ「時間がない」と感じてしまうのでしょうか? 著者によればそれは、「時間がない」が私たちの感覚の問題だから。
時間がゆったりと流れていた子どものころと違って、大人になると「やらなければいけないこと」が膨大に押し寄せてくるため、それらを消化することで精一杯になり、時間の余裕も心の余裕もなくなってしまうわけです。
しかし、もし自由であるはずの毎日の時間を「自分の時間」だと思えないのであれば、次の2つが解決策になるようです。
<「時間がない!」を捨てて、自分の時間を生み出すための方法>
1. まず自分にとって、「大切な時間(自分の時間)」から確保する。
2. やっていることを、「やりたい時間(自分の時間)」にシフトする。
(「はじめに」より)
私たちはとかく仕事や家事、つきあいなどを優先させ、余った時間を自分のために使おうと思いがち。しかしそれでは、いくら時間があってもなかなか自分のために生かすことはできません。だからこそ、まず自分にとって大切な時間を確保すべきだという発想です。
特筆すべきは、著者が「自分の哲学を持つ」ことの重要性を説いている点。「時間がない」と口にする人は、自分の哲学を持っていないことが多いというのです。ちなみにここでいう「哲学を持つ」とは、偉人や哲学者の知恵に学ぶというような難しいものではなく、自分にとって「大切なものをわかっている」ということ。
逆にいえば、「自分はなにをしているときがいちばん幸せなのか?」「自分はなにを大切にしたいのか?」「自分はなにを手に入れたいのか?」というようなことを心からわかっていない限り、本当の満足に行きつくことはできないともいえそうです。
「時間がない」と言う人は、「期限がないけれど、重要なこと」よりも「重要ではないけれど、期限があること」を優先してしまいます。
たとえば、目の前の仕事、目の前のつき合い、雑用などを次から次にやろうとするために「やるべきこと」が積み重なって、ぼんやり「やりたい」と思っていることは、結局できないままになってしまうのです。つまり、優先順位を明確に意識していないために、優先順位の低いことを切り捨てられず、「時間がない」という言葉になってしまうわけです。(76ページより)
したがって、本当に自分の時間を大切にし、「時間がない」とこぼしたくないのであれば、意識すべきことがあると著者は主張しています。それは、自分にとって重要なことは、大きな時間の枠組みで、客観的に考える必要があるということ。
"いま"だけの小さな喜びよりも、"人生"の大きな喜びを考えるべきだという考え方。そうでなければ、大切なことは手に入れられないか、一時的に手に入れることができたとしてもいずれ失ってしまう可能性があるわけです。
「時間がない」状態を改善するには、ほんとうに大切なことから先に計画することです。
いちばん大切なもの、二番目に大切なもの……と、多くても3つに絞って、そのための時間を確保することから始めましょう。そして、それを中心にほかの計画も組み立てていくのです。(77ページより)
優先順位があると、驚くほどシンプルに物事を決められるようになるそう。まずは、そこから改善してみるべきかもしれません。
「時間の見積もり」は失敗することを想定
ところで、いまやすっかりおなじみになった「ライフハック」ということばがあります。簡単にいえばそれは、毎日の行動を、すぐに実践できるような小さな手段によって入れ替えてゆくこと。そんな小さなことを繰り返すだけで、大きな成果が得られるようになるわけです。
『ライフハック大全』(堀 正岳 著、KADOKAWA)は、著者が学び、実践してきたライフハックを厳選した一冊。当然ながら、「時間管理」についても多くのページが費やされています。
興味深く、そして共感できるのは、「『時間の見積もり』は必ず失敗することを想定して2倍にする」べきだということ。「この仕事にはこの程度の時間がかかるだろう」という見積もりを立てたとしても、実際にはその見積もりどおりに進むことはまずないと断言しているのです。
これは、心理学者であり行動経済学者のダニエル・カーネマン氏が、心理学者のエイモス・トベルスキー氏とともに1979年に「プランニングの誤謬」として報告した現象として知られているそう。
たとえば学位論文を書くためにどれだけの時間が必要かを問われた学生たちは、平均して33.9日、最悪の事態を想定しても48.6日で完成すると答えたのだといいます。ところが実際にかかった時間は平均で55.5日だったのだとか。
ここからもわかるように、未来にかかる時間の想定は一貫して楽観的で間違った傾向を持つというのです。
大事なことは、これは仕事の仕方が下手だから起こることではなく、私たちの認知のクセそのものだという点です。いくら現実的に見積もったつもりでも、その見積もりは認知のレンズで歪んでしまっているのです。
これに対抗するには、最初に時間の見積もりを行う際に、単純にその値を2倍にしておくことが有効です。「3時間でできそうだ」と思ったものは6時間に、「1日でできそうだ」と思ったものは2日として時間を割り当てるのです。(36ページより)
加えて、過去にその仕事にどれだけ想定以上の時間がかかったかを示すデータがあるなら、それを参考にすることも可能。「作業自体を簡略化して減らすのでない限り、過去の記録以上に早く完了させるのは不可能だ」という想定でプランニングするわけです。
なおプランニングの誤謬は時間のみならず、予算の見積もりや売上の想定など、さまざまな場所に潜んでいるもの。そのため避けることは困難でしょうが、だからこそ「想定には系統的な誤りがある」と知っておくことが有効なのです。
分刻みで作業時間を決める
では、実際に仕事を進めるにあたってするべきことは? たとえば『仕事と時間の「仕組み術」』(野呂エイシロウ 著、明日香出版社)の著者は、分刻みで作業をする時間を決めるべきだと主張しています。
自分の仕事を一度棚卸してみて、「ジムでトレーニング 55分」「オフィスでランチ 8分」など、ひとつひとつに細かい時間設定をしてみるべきだという考え方。なお、時間はだいたいこのくらいかかるだろうという予測でかまわないといいます。
そのあたりについては上記の「想定には系統的な誤りがある」という部分を意識しておいたほうがいいかもしれませんが、いずれにしてもこれをやると仕事が加速するというのです。なぜなら、これには3つの意味があるから。
(1)「予測」→「結果」を分析する癖がつく
仕事というのは「予測」が必要です。行動が速い人は予測を日々の会議や作業のスケジュールにも活用しているのです。
すると仕事を受ける際にも、「この仕事は◯分で終わるな」など予想がつけられるようになるため、それを結果と照らし合わせて検証できるようになるということです。
(2)すべての作業を1分でも短くする癖がつく
スケジュールを短くすることを意識しながら仕事に取り組むと、脳がフル回転することに。しかも、高い集中力で仕事に取り組むことができるといいます。
(3)次のスケジュールが来てしまうので、なにがなんでもやり遂げる癖がつく
「あと3分で終わらせなければ、会議が始まってしまう」というように自分を追い込むと、必然的に懸命にできるもの。スケジュールを終わらせないと次のスケジュールに影響するため、なにがなんでも終わらせなければならず、知らず知らずのうちにパワーが発揮できるわけです。
著者は放送作家ですが、こうしたアイデアはあらゆる仕事にも応用することができそうです。