悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、リーダーの役割に悩む人のためのビジネス書です。
■今回のお悩み
「職場で新しい企画を立ち上げ、その企画のリーダーをやっています。色々な人の意見が多く取りまとめるのが一苦労です。リーダーなので率先して雑用をやると、勝手にやらないでとか。やらなければリーダーなんだからなどと……どうすればいいでしょう?」(44歳男性/公共サービス関連)
よく、「上に立つ人間は嫌われて当然」「嫌われてこそ上司」というような考え方を目にすることがあります。なにしろ、意見も価値観もすべてが違う人たちをまとめなくてはならないのです。そう考えれば、たしかにそのとおりなのかもしれません。
とはいえ、やはり嫌われるよりは好かれたほうがいいと思ってしまうものでもあります。だからつい「好かれる上司」を目指そうとしたりもするのですが、必要以上に気を使ってしまった結果、なめられてしまったり……。僕自身も、過去にそんな失敗を経験しています。
ただ、人間対人間の関係である以上、「こうすればすべてが解決する!」というようなメソッドがあるわけではないんですよね。だから多くのリーダーは悩むことになり、彼らに向けたビジネス書も出版され続けるのかもしれません。
今回ご紹介するのも、そんな3冊です。
重要なのは社内政治力
会社で影響力を持つためには、ビジネススキルや資格だけでは不十分。そう主張するのは、『社内政治力』(芦屋広太著、フォレスト出版)の著者です。
社会において、あるいは社内でも、現実問題として重視されるのは「なにを言ったか」よりも「誰が言ったか」。話の内容が正論であったとしても、有力役員や社長に近い人の一言で敗北してしまったりするわけです。
それを、「理不尽」「不条理」と感じたとしても、ある意味において不思議なことではありません。しかし、「そういうものだ」という前提があることを受け入れられる人こそが、本物のビジネスパーソンだという考え方。
大切なのは、そのうえで成功法とは違う戦略を考えること。そして、その点において重要な意味を持つのが、本書のテーマである「社内政治力」だというのです。
なお著者によれば、社内政治力は次の6つで構成されているのだそうです。
【6つの社内政治力】
(1)社内調整力:関係部門に反対されず、協力してもらえる力
(2)部下掌握力:部下が自分の思うように動く力
(3)上司懐柔力:上司との関係を良好に保ち、支援してもらえる力
(4)社内人脈力:社内に敵を少なくし(味方を多くし)、支援してもらえる力
(5)権力操り力:社内・社外権力者との関係を強くし、話を通すことができる力
(6)社外人脈力:社外での活動力、社外人脈を持つことで、社内発言力を強める力
(「まえがき ストレスなく働くための社内政治の研究」より)
社内政治力を発揮するためには、自分の技能、思想、理念、ポリシーを磨き、「さすがあの人は違う」と社内の人から思われることが不可欠。そのために必要なのが、これらの政治力だということです。そのため本書では、この6点について詳細かつ明快な解説がなされています。
ちなみに著者は、金融機関の情報技術部門と販売企画部門を兼務する部長職を務めている人物。20年前からは教育評論家やマネジメント・コンサルタントとしてビジネススキルを研究し、それを人に教えたり、書籍や雑誌、ネット記事などで発表してもいるそうです。
つまり本書も、そのような実績あってこそ生まれたもの。いきなり「社内政治力」というテーマを掲げられると、「もっと直近のリーダーシップについて知りたいのだ」と感じられるかもしれませんが、特に管理職やリーダーになったものの仕事がうまく進まなくて困っている人などを中心読者として想定しているといいます。
だからこそ、読んでみればきっと解決のためのヒントが見つかるはず。そして、社内政治はそんなに難しいことではないということもわかってもらえるだろうと著者は記しています。
会社のトップが心がける3つのK
『いばる上司はいずれ終わる』(鳥居正男著、プレジデント社)の著者は、ベーリンガーインゲルハイム ジャパン代表取締役社長という立場にある人物ですが、本書の冒頭で次のように主張しています。
近年の日本社会は「自分さえよければいい」という風潮が強くなり、他者に対して無関心な人が増えている気がします。しかし、それはもったいないことです。(中略)「自分さえよければいい」という風土の企業は成功しません。傲慢な人や企業は、どこかで周囲に不満や不安を抱え、いつか行き詰まるでしょう。
言い換えれば、ビジネスの現場で厳しい競争を強いられるからこそ、人も、企業も、謙虚であることが求められる。グローバルな環境で求められるのは、傲慢さではなく、謙虚さなのです。(「プロローグ」より)
そんな著者は会社のトップとして、常に心がけてきたことが3つあるのだそうです。それは、「謙虚」「気配り」「感謝」。頭文字をとって、密かに「3つのK」と呼んでいるのだといいます。
まずは「謙虚」。地位が上がれば上がるほど、謙虚であらねばならないということです、相手によって態度を変え、自分より立場の弱い人に怒鳴り散らすなど言語道断。なによりひとりの人間として、謙虚に反省できなくなったらおしまいだというわけです。
次に「気配り」。世間ではどちらかといえば、部下が上司に対して気を遣わなければならないという風潮がありますが、それでは気を配る側と気を遣われる側が逆だということ。事実、部下に気を遣わせる上司がチームを停滞させているケースが意外に多いのだとか。
そして「感謝」。感謝を伝えるのは難しいものですが、だからこそ著者は、感謝の気持ちを日ごろから言葉で表現するようにしているというのです。
本当の意味での感謝の気持ちをいつも持っていれば、相手が誰であろうと同じ態度で相対することができるはずです。
部下は上司の姿を見て、その姿勢から学びます。上司は人によって態度を変える媚びではなく、本当の意味での感謝を部下に伝えてほしいと思います。そしてそれが会社の風土となり、次の世代に受け継がれていくのです。(163ページより)
「傲慢どころか気を使いまくっているのに、ちっともうまくいかないんだ」と感じる方だっていらっしゃるかもしれません。しかし大切なのは、たとえうまくいかなかったとしても「謙虚」「気配り」「感謝」を貫くこと。そうしていれば、いつか必ず気持ちは伝わるものだということを著者は訴えたいのだと思います。
コーチングよりティーチング
リーダーとして部下に「教える」のは、決して楽なことではありません。そこでぜひ参考にしたいのが、『コーチング以前の上司の常識 「教え方」の教科書』(古川 裕倫著、すばる舎)。
印象的なのは、駆け出しの部下教育には「まずは部下に意見を求めて」「一方的な教え方はいけない」というようなコーチング的指導より、基礎から教える「ティーチング」のほうが効果的だと主張している点です。
まずは、とことん基礎から「教える」こと。私は、これが一番大切だと感じます。 何もわからない部下だからこそ、手取り足取り教える。
こちらから説明をして、指示を出して、仕事の基本をイチから教える。
多少、一方通行出会っても、この部分が必要不可欠なのです。
「教える」ことで、部下はかならず成長します。これが、どんな手法よりも一番シンプルで、着実に負荷が成長するやり方なのです。(「はじめに」より)
といっても、いつまでも一方的に教えろということではありません。ある一定のレベルに達したら手綱を放し、以後はよき相談相手として意見を求め、リスペクトすべき。ただ、その前の段階で「教える」を端折ってはいけないということです。
部下教育で考えなければならないことは、自分が「今、部下からどう思われるか」ではなく、「将来、部下がどう思ってくれるか」です。(中略)教えている今は、部下から見て「イヤな上司」であっても、将来「感謝される上司」であるほうがいい。私は、これを強く感じます。(「はじめに」より)
将来感謝される人になるために大切なこととして、著者は「遠慮しない」ことの重要性を強調しています。誰しも人から嫌われたくはないもの。しかし、「いま嫌われたくない」と自分のことしか考えないとしたら、それは教える側の職務放棄だというのです。
重要なポイントは、「いま嫌われても、教えることに注力する」という意識を持ち、のちのち感謝される上司となること。だからこそ、教える際には、へっぴり腰ではいけないといいます。部下のためになるのは「言うべきは言う」「叱るべきは叱る」なので、部下と真正面から向き合うべきだということ。
このような考え方を軸とした本書は、リーダーとして人を使う立場にある人に共通する問題点を、きっと解決してくれると思います。
今回、この3冊を呼んだうえで改めて感じたことがあります。考え方はどうであれ、なにより大切なのはリーダーとしての堂々とした存在感であるということ。もちろんそれを身につけるのは楽なことではありませんが、だからこそ、これらの書籍に書かれていることを参考にしつつ、「自信が持てる上司」を目指すべきなのではないでしょうか?
著者プロフィール: 印南敦史(いんなみ・あつし)
作家、書評家、フリーランスライター、編集者。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家としても月間50本以上の書評を執筆中。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)ほか著書多数。