6月15日~21日にパリで行われた航空宇宙機器の国際見本市「パリエアショー」で、ピーチアビエーション(以下、ピーチ)がエアバスA320を3機購入する契約を交わし話題となった。ピーチはこれまでに同機を17機リースで導入しているが、今回なぜ"自社購入"になったのだろうか? そこで今回、航空会社の飛行機リース事情について解説しよう。
1980年代の日本ではほとんどが自社購入
今でこそ航空会社が飛行機をリースで導入することはごく自然な形態として認識されているが、1980年代の日本ではほとんど採用されていなかった。当時日本の航空業界においては最大の設備資産である飛行機は自社の資産として購入するのが当然との認識が、業界を寡占する大手航空会社にあった。
そして、そのための資金は公的色彩の強いファイナンスでまかなわれていた。政府系銀行である日本輸出入銀行(現・国際協力銀行)と日本開発銀行(現・政策投資銀行)による制度融資である。
また、売り手側の米国ではボーイング社の販売を後押しするため、購入者に対する米国輸銀の保証が付くこともあった。加えて日本政府は、当時国営だった日本航空に対して機材調達に政府保証債を発行することもでき、短期間の賃貸借リースが入り込む余地はなかったといえる。
始まりはファイナンスリースから
その後、投資環境が好転すると急激な成長をみせた世界のリース会社が市場を拡大し、日本市場に入ってくる。とは言え当初は、大手航空会社側では"ショット売り"のような1機単位・短期間のリースに対するメリットの認識が薄く、購入の一形態としてのファイナンスリースから日本のリース活用が始まっていった。
1980~90年代に日本で見られたリースの形態は多くが「日本型レバレッジドリース」と言われるもので、広く見れば自社購入ファイナンス手法のひとつでもあった。このリースは機体を「リース団」(投資家)が購入して12~15年の長期にわたって航空会社に貸し出し、期間満了時に買い取らせる形式のものがほとんどだった。
「レバレッジ(てこ)」の名前の通り、リース団に参加する投資家は機体価額の20~30%の資金だけを用意して残りは借入金でまかない、100%分の減価償却を定率で行っていた。つまり、当初の自社の課税利益を圧縮し、税の支払いを繰り延べる間に運用益を稼ぐことを目的とするものだった。
この日本型レバレッジドリースは、為替リスクと機体処分リスクを航空会社が取ることもあって広く世界に浸透し、1990年代には世界の新造航空機の3分の1をカバーするまでになった。投資家の税効果メリットの一部をリース料の低減に充てるなど、借り手側にも応分のメリットがあることもその一因となったのである。
航空機リースの隆盛が新規航空会社設立を後押し
しかしその後、税制の変更により1998年に外国をまたぐ日本型レバレッジドリースが禁止、国内組成も2005年法改正でできなくなった。その後に市場に広まったのが「オペレーティングリース」である。日本型レバレッジドリースがいわゆるファイナンスリースであり、金融の一形態的性格が強かったのに比べ、オペレーティングリースは比較的リース期間が短く、機体の所有者(貸し手)の顔が見える形態である。
このオペレーティングリースの主役は、豊富な資金力を背景にした世界のリース会社だ。彼らの武器は"まとめ買い"で、個々の航空会社が購入するよりもはるかに大きい百機ロットの大型発注をすることで機体メーカーとの価格交渉力を強め、売れ筋の機体を大量・安価に購入する。借り手が決まらないうちに買うので機体のデリバリーポジションは成り行きで決め、あとは「この時期にこの機体があるので借りませんか」と営業するビジネスを展開した。
一見リスクが大きいように見えるが、売れ残りそうな機種には手を出さないし、リース会社が大量に機材を押さえてしまうと航空機の受給が逼迫し、貸し手優位の市場を作ることができる。21世紀に入って隆盛を加速させた世界のリース会社は航空会社よりもはるかに高いリターンをたたき出しているのだ。
航空会社側にとっても賃借期間を弾力的に設定できるし、なにより自分で高額な購入資金を調達する苦労がないので、使い勝手のいい形態である。必要資金が小さいことはその後の中小の新規航空会社の設立・事業拡大を加速させた。
ピーチの自社購入は余力があればこそ
就航前に必要な前払い保証金は各航空会社の与信具合によって違うが、リース料は2~4カ月分というのが相場だ。新品のA320実勢価格が5,000万ドルとして、通常の自社購入の場合は機体を受領するまでに30%を前払金(Pre Delivery Payment)として支払うため、必要資金は1,500万ドル。リース保証金は3カ月分で120万ドル程度だから、調達すべき資金は10分の1以下で済む。
オペレーティングリース期間は8~10年が普通である。機体返還時の整備要件(部品・コンポーネントを新品並みにして戻す等)によっては最後に大きなコストが発生するケースはあるものの、資金繰りに苦労するLCCや新規航空会社にとって、メリットは大きい。そのため、中小各社の機材はほとんどがオペレーティングリースによって機材を導入している。
そう考えると、今回のピーチの自社購入は非常に珍しいケースと言えるだろう。国内の中小各社の中で唯一自己資金に余力のある同社にとって、一種の金利支払であるリースに比べて無利子の自己資本で機材を調達した方がコストの低減になる、と判断したものと思われる。
他方、日本の大手2社のJAL・ANAにおいては、ファイナンスリース終了後は資本市場での資金調達も進んだことから自己購入比率が再び高まりつつあり、2014年度時点では2社とも75%が自社購入によるものとなっている。資産計上しなくてよいリースに対して、自社購入の場合はROA(総資産利益率)が低下するためIR面でのデメリットはあるものの、確実な資産保有と自社仕様へのカスタマイズの容易さなどを優先していると言える。
まだまだ続くリースの進化
そして、ここ最近多く見られるリースの形態は「セール&リースバック」だ。航空会社が機体購入契約を結んで前払金は支払うが、機体受領と同時にその機体をリース会社に売却し、オペレーティングリースを組成するというものだ。前述のオペレーティングリースと異なるのは、リース会社は投機的に機体を購入するのではなく、航空会社が買うと分かっているものを肩代わりして購入しリース化する点だ。
この方式はリース会社の安価大量買いによらないため、リース料が若干高くなる傾向があり、まとめ買い対象でない人気薄の機種や最新モデルが出た後の型落ち機種で行われることが多い。しかし、航空会社が資金調達の必要額を減らすために、また、バランスシートを軽くするために、セール&リースバックでのリース化をすることも昨今普及してきた。
加えて、オペレーティングリースだとリース会社からの差入保証金はリース終了まで返ってこない上に金利もつかないが、セール&リースバックだと保証金はリース会社が肩代わりするので、航空会社の手元資金が増えるメリットもある。
今回は新造機に焦点を当てた事例を紹介したが、世界の航空市場には二次、三次利用されている中古機がおびただしい数であふれている。中古機マーケットは発展途上国や小規模航空会社が主流なため貸し倒れリスクも増え、リース事業の運営はますます複雑なものとなっていると言えるだろう。
航空市場を支えているのが多種多様なリース会社であることは間違いない。機体の貸し手側から航空業界を眺めてみると新たな切り口に気づいたりもして、面白いものだ。
筆者プロフィール: 武藤康史
航空ビジネスアドバイザー。大手エアラインから独立してスターフライヤーを創業。30年以上におよぶ航空会社経験をもとに、業界の異端児とも呼ばれる独自の経営感覚で国内外のアビエーション関係のビジネス創造を手がける。「航空業界をより経営目線で知り、理解してもらう」ことを目指し、航空ビジネスのコメンテーターとしても活躍している。