テスラの電気自動車(EV)「モデル3」の納車が日本でも始まった。ディーゼルエンジンとマニュアルトランスミッション(MT)をこよなく愛するクルママニアの安東弘樹さんは、このクルマをどう評価するのか。早速、試乗してもらった。
全長4,694mm、全幅1,849mm、全高1,443 mmのモデル3は、日本の道路や駐車場でも扱いやすいサイズの4ドアセダンだ。グレードは「スタンダードプラス」「ロングレンジ」「パフォーマンス」の3種類で、価格は511万円~717万3,000円(オプションなしの場合)。テスラはこれまで、1,000万円クラスかそれ以上の価格のクルマしか販売していなかったので、モデル3はこれでも、同社では最も手ごろなクルマということになる。ちなみに、日産自動車のEV「リーフ」は330万3,300円(「S」グレード)から買えるが、「e+ G」というグレードは481万6,900円だったりするので、モデル3とリーフには、そこまで価格の開きがないといえるかもしれない。
安東さんが試乗したのは、最上級グレードの「パフォーマンス」。停止状態から時速100キロまでの加速(ゼロヒャク加速)に要する時間は、わずか3.4秒だ。ポルシェ「911 GT3」やランボルギーニ「ウラカン」などと同じくらいといえば、その速さが想像していただけるだろうか。
外観で気になるポイントは
マイナビニュース編集部(以下、編):まずは外見ですが、いかがでしょう?
安東さん(以下、安):「モデルS」(テスラの高級セダン)の方が伸びやかですけど、こっちの方がサイズ的には便利でしょうね。ワイド&ローといった感じではないです。あ、ここ見てください。これはどうなんだろうな、「チリ」が合ってない。
編:ちり?
安:ほら、ここに段差ができているじゃないですか。こういうところが気になるんですよね。
編:天井はオールガラスルーフで、車内から外が見えるようになってますね。
安:外から見ると、ガラスが前から後ろまでつながっているのは綺麗なんですけど、“はめ殺し”か……。ここが開くと、換気ができていいんですけどね。あと、シェードがないので、真夏の炎天下でも大丈夫なのかどうか、ちょっと気になります。
編:曇りガラスにはなってますけど、確かに、車内が暑くならないか、そこは確かめてみたいですね。では、乗り込みましょう!
安:ドアを開ける時は2モーションで、ちょっと開けづらいかな。ジャガーなんかだと、キーをもって近づくだけで、ドアハンドルがポップアップしてきますよね。
安:シートの作り自体は、安っぽくないですね。皮の張り具合とか。ただ、このスイッチ(背もたれを倒したり、座面を前後に動かしたりするもの)は、いくら何でも安っぽすぎる、といった感じかなー。木を使ったインパネは嫌いじゃないですが、全体的にプラスチッキーですね。後席の床が平坦なのは、エンジン車のセダンでは少ないので新鮮です。
編:インパネは、真ん中に15インチの横長パネルがあるだけで、ほかには何もない印象ですね。
安:別に、不便じゃなければ、いいんですけどね。あ、グローブボックス(助手席の前にある収納)も、ディスプレイで操作しないと開かないのか……。それはちょっと、どうなんだろう(笑)。
編:確かに。ではETCカードを差して……出発しましょう!
ゼロヒャク3.4秒の走りを体感!
安:(都内を走りつつ)このクルマ、見る人は見ますね!
編:歩いている人が、じっと見てたりしますね。
安:同じくまだ珍しいEVでも、リーフだと、特に見られることはありませんからね(笑)。まあ、リーフの場合、多くの人に購入してもらわないといけないという側面があるでしょうから、突出したデザインにはできないと思うので、仕方がないですけどね。
遮音性も快適なレベルですね。それと、信号待ちなんかで止まった時に、クルマが振動しないのは嬉しいです。エンジン車にも「アイドリングストップ」機能が付いていますけど、停止時に必ずエンジンが止まるかというとそうでもないし、一度は止まっても、しばらくするとかかってしまうケースもあるので。
あ、フェラーリだ(信号待ちで隣にフェラーリ登場)。「458」かな。でも、考えてみると、あのフェラーリと、確かゼロヒャク加速のタイムがほとんど同じなんですよね。値段が3倍のクルマと同じ加速性能というのは、かなりすごいかも。
編:首都高に乗りましたね。モーターならではの加速はいかがでしょう? ゼロヒャク3.4秒ということなんですが。
安:じゃあ、ちょっと踏んでみますね。
おー! ははは、これはすごい加速だ。これに慣れちゃうと、ガソリン車に乗った時に、少し「たるい」と感じるかもしれないくらいですね。特に、CVT(無段変速機)で、踏んでもなかなか進まないようなクルマから乗り換えたら、恐らく異次元の加速に感じるかもしれません。
編:EVのスムーズな加速は、例えば交差点で右折する際に、ちょっと早めに通り抜けたい時なんかでも、便利でしょうね。回生ブレーキ(※)の効き具合はどうですか?
※編集部注:ハイブリッド車(HV)やEVなどが減速する際、発生する運動エネルギーをモーターを用いて電気エネルギーに変換し、バッテリーに回収する仕組み。一般的にEVは、アクセルペダルを戻した時、エンジン車よりも強めに減速する。ただ、回生ブレーキの強さはドライバーが選べるようになっているクルマが多い。
安:首都高に入ってから、1度もブレーキを踏んでないんですけど、これは楽ですね。ブレーキを踏む機会が圧倒的に少ない。このクルマ、“ごっつい”ブレーキが付いてますけど、ガソリン車に比べると、パッドの減りが少ないだろうなと思います。それと、ペダルの踏み替えが少ないから、疲れも少ないでしょうね。
やっぱり、止まったり進んだりする時は、EVの方が圧倒的に自然です。エンジン車と違って、いろんなものを介してタイヤを動かしていない分、スムーズというか、いつでもスタンバイができているような感じで。
編:目の前にメーターパネルがないので、インパネ中央のディスプレイで速度を把握することになると思うのですが、それって運転しづらくないですか?
安:メーターパネルは、もちろん目の前にあって欲しいんですけど、これは、ビックリするほど違和感がないですね。自分が今、何キロで走っているか分からないということもありません。気が付いたら慣れていたといった感じです。
編:「オートパイロット」機能(※)も試してみましょう!
※編集部注:いわゆるアダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC)。高速道路で使える機能で、ACCを起動させると、クルマはドライバーが設定した速度で同一車線を自動走行してくれる。前にクルマがいれば、設定した速度の範囲内でそのクルマを追従する。
安:そうですね。どうやって起動させるのかな? (音声認識機能を起動させて)「オートパイロット、オン!」。全く反応しませんね(笑)。これ、無視されると恥ずかしいですね。
編:それで起動したら、カッコいいんですけどね(笑)。
※編集部注:実際に起動させるには、ハンドルの右奥に付いているシフト操作用のレバーを2回、下方向に倒す。
安:ACCの制御は、メルセデスの方が上ですね。モデル3は、減速が少し唐突です。
自分で運転する場合は、2~3台前を走るクルマの動きを見て減速の準備をするんですけど、やはり、前のクルマだけを見て制御するACCは、減速が唐突になりますね。唐突な減速は、後ろを走っているクルマのドライバーを驚かせてしまうので、かなり気になります。
編:まだ、こなれてない感じですかね。
このクルマ、欲しいですか?
編:大黒PAからの帰りは、目的地をテスラ青山に設定して、ナビゲーションの使い勝手を見てみましょうか。
安:このナビ、自動で縮尺が変わりますね。交差点で寄ったり、ストレートでは俯瞰になったり。こういった機能って、必要ないかなとも思うんですけど、体験してみると便利です。見やすい。こういった機能があるナビも増えてますが、これまで経験した中では、最も自然かもしれません。
編:ところで安東さん、このクルマ、欲しいですか?
安:うーん、買うとしたら、「パフォーマンス」ではなく「ロングレンジ」を選ぶでしょうね。
編:真ん中のグレードですね。ゼロヒャクが4.6秒で、充電1回あたりの航続可能距離が560キロ(WLTCモード)。価格は655万2,000円からとなっています。なぜ、パフォーマンスではなくロングレンジなんですか?
安:だって、ゼロヒャク3.4秒って、必要ですか?
編:確かに(笑)。
安:4.6秒でも、私が乗っている「911」(カレラ 4S、ポルシェ)より速いんで(笑)。
編:これまで、ずっとエンジン車に乗ってこられたと思うんですけど、EVにするとしたら、充電インフラの整備状況とか、バッテリー切れとか、そのあたりに不安はないですか?
安:そうですね……。あ、そういえば、この前、クルマで大分に行ってきたんですよ。
編:え!
安:メルセデス・ベンツの「オールテレイン」といって、ディーゼルエンジンを搭載しているクルマなんですけど、無給油で行けちゃったんです。平均燃費が1リッターあたり19.2キロくらいだったかな? ありがたいことに、渋滞はあまりなかったんですけど。
編:さすがに、休憩はなさいましたよね?
安:あ、もちろん。全部で13時間くらいだったんですけど、食事を2回して、トイレだけの休憩も含めると3回、休憩しました。
編:だけど、給油はしなかったと。もしEVで行っていたら、その間に何回、充電が必要だったんでしょうね……。
安:ラジオのレギュラー番組のスタッフにクルマで大分に行ったって話をしたら、「何回くらい給油したんですか?」って聞かれたんです。それと、面白いように皆が「安東さんのクルマって、ハイブリッドでしたっけ?」と聞いてきます。だから私は、「通常のペースで走った場合、ハイブリッドで、無給油で1,200キロ走るクルマは現状、ないと思います」って答えました。
高速道路を速いペースで巡航すると、モーターはほとんど役に立たないので、燃費が伸びにくいんです。給油も充電もなしで1,200キロ走れる動力源は、この世にディーゼルエンジンしかないですって答えたら、「え、ディーゼルですか!」って驚かれるんですよ。
編:多くの人は、ディーゼルエンジンが燃費のいい動力源だという事を知らないのかもしれませんね。そういうドライブが可能なのはディーゼルエンジンだけということを、世間の人にもっと知ってほしいですか?
安:本当に知ってほしいです。
最近は、ガソリンエンジンのプラグインハイブリッド(PHV)のクルマも増えてきましたけど、ディーゼルの効率に追いつくのは、なかなか難しいみたいですね。いつになったら、ディーゼルを追い越す電動車がでてくるんでしょうね。
編:追い越される前に、ディーゼルエンジン搭載のクルマ自体が、世の中からなくなってしまうかもしれませんよね。
安:そうなんです。だけど、それって矛盾じゃないですか? 少なくとも長距離走行する場合、現時点で最もCO2排出の少ない動力源を、放棄してしまうというんですから。
編:そうなってから、ディーゼルエンジン搭載車をなくしてくれよということですね。「俺を倒してから行け」と。
安:そういうことですよね。倒す前にさようならって、現役のチャンピオンを引退させるようなものですよね。ディーゼルエンジンが排出する窒素酸化物(NOx)の量が、本当に人体に深刻な影響を与えるのであれば、仕方ないと思うんですけど、CO2の排出量でいけば、現状、ディーゼルエンジンは最も少ないといえますから。ちなみに、メルセデスは最近、ディーゼルエンジンのPHVを発表しましたから、更にディーゼルの可能性に期待しています。。
編:EVは電気で走りますけど、その電気をどうやって発電しているか、発電所で何を燃やしているかも、全体で見なくてはなりませんしね。
安:地球環境を守るためには何が正解なのか、正確につかめないままにディーゼルエンジン搭載車の販売を制限してしまうのは、どうなんでしょう。
編:それがつかめていないのに、「2030年になったら、ディーゼルエンジン車は退場してください」っていうのは、確かにおかしいのかもしれません。
ディーゼルエンジンの航続距離を知っている安東さんにしてみれば、EVの航続距離やバッテリー残量は、かなり気になるでしょうね。
安:残りの航続可能距離が半分くらいになったら、ドキドキしそうです。
編:遠くから上京して来た人が、お盆とかお正月に、EVで帰省しようと思えるでしょうか?
安:その間にサービスエリアがどのくらいあるか、あと、充電施設が空いているかどうかは気になるでしょうね。ただ、充電は混雑しそうだなー! PHVの人もいるし。
編:急速充電は1回あたり30分かかるらしいので、混んでいたら、並ぶのは憂鬱でしょうね。回転の悪いレストランじゃないですけど、最大30分だとしても、分かってて並ぶのは少しきつい。
安:急いでいる時とかは特に、そうでしょうね。
ただ、1回の充電で数百キロ走れるEVの場合は、クルマのバッテリーが切れる前に、人間の方が休憩を必要とするかもしれませんね。
編:クルマより先に、人間の方が充電を必要とするでしょうね。クルマよりも元気なドライバーって、ほとんどいないと思いますし。休憩なしで5時間でも運転していられて、九州までクルマで行ってしまう安東さんの方が、どう考えても特異な感じがします(笑)。
編:そろそろ、テスラ青山に到着しますね。改めて、モデル3はいかがでしたか?
安:まず、このクルマを手に入れれば、「新しいモノを買った感」はあるでしょうね。使い勝手を含め、乗る人がどう感じるかが大事ですが、例えばスマホ世代なんかだと、こっちの方がいいと思う人がいるかもしれません。あと、値段は、かなり頑張っているなと思います。
編:気になる点もあったかと思いますが、テスラのクルマが世の中に登場したことで、何というか、「クルマの世界が広がった」ような感じがするんですが、そういった意義もありますよね?
安:それは絶対に、あると思います。以前から存在していた自動車メーカーではないテスラがクルマを作るということは、やっぱりすごい。例えば、この見やすいナビも、既成概念にとらわれていないからこそ、作れたのではないでしょうか。
編:作りが甘い部分もあったかもしれませんが、そこを歴史のある自動車メーカーと比べるのは、少しかわいそうというか。
では、モデル3はどんな人にオススメできるクルマでしょうか?
安:そこまでクルママニアではないけど、新しいモノが欲しい人とか。ある程度の経済力は必要ですけど、初めてのクルマでもいいかもしれないですね。これに慣れると、これしか運転できなくなってしまうくらいかもしれません。ガソリン車に乗り換えると、音がうるさく感じたり、振動が気になったり、加速もかったるく感じてしまうでしょうね。
やっぱり、いつかほとんどのクルマがEVになっていくのかな。私は、少なくとも1台は、エンジンのMTのクルマを乗れなくなるまで乗っていようと思いますけどね。
編:なるほど。ありがとうございました!